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モリコーネ 映画が恋した音楽家のGyGのレビュー・感想・評価

4.0
冒頭の、エンニオは実験音楽(ノイズ系)や12音技法(ドデカ)に関心を持っていた、との紹介は初耳でした。

この観点から本作に映し出された作品群をみていくと、確かにその痕跡が随所に見受けられました。
汽車の動き出す音に音楽が同期するシーンはその好例かと思います。

ガブリエルのオーボエでは、中盤を過ぎた頃に突然コンガが割り込み、それに連動するかのように管楽器はタンギングが多用され、クワイアの声部は輪郭を失い、まるで居合わせたモッブ(会衆)がてんでバラバラに唄い込んでいくというカルミナ・ブラーナ的圧巻さをもった構成に仕上がっています。
大編成のオケと大編成の声部をもてば、各パートは持ち場を離れずきっちり纏め上げいていくのが相場なはずなのに、この作り方はなんなんだろうと初見から気になっていました。
本作でその謎が解けたように思います。
ノートが担うスケールとレンジ感、物理的な音総量がもつ其れ、これらからフリーハンドを与えられた人だということでしょう、エンニオは、多分。

ノートに関しては「最初のノートで彼の音楽だと分かる」との言及がありました。
最初だけでなく、どこをとってもエンニオのそれだと私は思います。
ただしメロディ・コード進行を使うと、聞いてる方はドレミファ系の頭になり機能的な進行を要求する心理になりがちなものです。
ところが彼の音楽はそれを感じさせません。
頭に入った音がたちまち幻のように次から次へと立ち去っていくせいでしょうか。
あるいは、トニックの調性感を損なわない程度にアライメントを変容させていく、シームレスに多様性を紡いでいく、この辺りに秘密があるのかもしれません。

アカデミー作曲賞の件では、授与基準の一つである新奇性を満たしていない候補者にエンニオが負けたときの顛末が撮られています。
アカデミーが外形標準すら満たさない作品を候補に挙げた点で批判があったこと、またその時の受賞者は新奇性を除けば実力十分な音楽家であったため、私は複雑な思いで事態を眺めていた記憶があります。

しかし本作をみれば、そんな出来事の中でもエンニオの理解者たちは彼を励ましてくれたことが分かり、安堵を覚えました。
記録映画かつエンニオ理解の映画として共に成立した良い映画だと思いました。

補遺 
ドデカ的な部分は今回見落としたのかもしれませんが、エンニオの楽譜誌の中には見つかるような気もします。
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