GyG

WinnyのGyGのレビュー・感想・評価

Winny(2023年製作の映画)
4.0
”Winny”の一件は大きな出来事だったので大筋は覚えていました。
ただ故金子氏の姉君が果たした役割の大きさは知らないままでした。

以下、当時の記憶を混ぜながらレビューします。
当初警察・検察は「犯意」の立件に苦労したようで、元凶はWinnyだろう → いやWinny自体の違法性を問うのは難しい → Winny2のリリースなら犯罪ほう助性が高いから罪を問えるだろう、という流れに変わっていきました。
今の時点で振り返ると奇妙な変遷ですね、これは。

確かに一審の判決は「Winny自体は...さまざまな分野に応用可能で有意義なもの」と明確に認めています。

ではなぜWinnyは認めながら、Winny2はダメとなったのか?
それは、Winnyユーザーが法令違反を繰り返しているのを被告は認識しながらWinny2をリリースした、これは違反行為をほう助したのと同然だ、という理屈が潜んでいるようにみえるからです。

”みえるから”といったのは、判決文の犯行同定の下りに「結局、...幇助行為として違法性を有するかどうかは....提供する際の主観的態様如何によると解するべきである。」で述べているとおり、客観的な有罪性を明示的に示さずに被告の主観である認識の有無だけで断じており、あとは”ほう助に当たると解釈できるよね、いやそう解釈してくださいよ”的な文章で締めているからです。

もっと有り体に言えば、一度で止めるならともかく二度も同じことしたから懲らしめてやりたい、ただ我々(検察)としてはほう助犯の判例が少ないから故意か過失かは決めかねる、そこは裁判長に意を汲んでいただきたい → 私(裁判長)に投げられても困るんだが、まぁムニャムニャした文になるけど一応願いはかなえておいたからね的な書きぶりです、どう読んでも。

結局、大方の予想どおり無罪となりましたが、一審判決だけでも個人・組織に足カセが巻かれたと危惧する人はいたし、金子さんは決定的な辛い思い、しなくてもよい苦労を強いられたとみる人は多くいました。(にも関わらず、穏やかさの絶えない彼の姿をみると、抜きんでた慈悲の心・諦観をもつ人のように思えます)

別の角度から一点、ちかごろ裁判資料を廃棄する事例が複数報告されています。再審受理も増えています。
廃棄基準を決めない限り、再審審査も危うくなり、本件の顛末も忘れ去られていくような気がします。殊に本件は文化や技術のインフラを語るときの史料として価値があるので、そこは避けていただきたい、そう願います。

最後に、”ボクちゃん”のイメージが強かった俳優・東出昌大の多彩さを発見できたこと、ある出来事の内実を丁寧に描くとこういう作りになり、情報シンタックス・セマンチクスの変遷や今日的な法曹界の流れとWinny一件の繋がりも見通しがよくなった点で、面白くかつ示唆に富む映画となりました。

補遺
その昔、フランスの百科全書派が自分たちの文化のみならず異文化がもつ知識まで収集し、それらを分類体系化し、参照・引用・索引の関係性を構造化することで新たな知見を得る試みを始めて以来、今や情報処理に関する物理層でのシナプス化・ニューラル化が企図されるまでに至り、またAIやクラウド、高度な全文検索技術や要約関数などの論理層でもさらに進化しています。

本作をみて、一体金子勇という稀有な存在ならば所与のコードを書いているだけでは気が収まるはずもなく、おそらくはノード(サーバー)のフロート化、無限回流&自己改良型のストリーム等々を夢想しないはずがないと確信し、その知の大海の果てには豊饒な世界が顕れるのかもしれない、いやどこまで進んでも岸辺のない海なのかもしれない、分からない、だが出帆するのは今だ、と思ったその時起きたのがこの出来事である、そんな風に思えてきました。
しかし、裁判にかかった時間と費やした労力を考えると、その損失には計り知れないものがあります。

今はただただ彼の無念を思い偲ぶしかありません。
GyG

GyG