横山ミィ子

父ありきの横山ミィ子のネタバレレビュー・内容・結末

父ありき(1942年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

まず、セリフがよく聞き取れないのだが、松竹のデジタルリマスター版(サムネイルのもの)には字幕がついている。英語のセリフなどと違って、言った言葉をそのまま字にしているため、読むのに懸命になるが、活用できると話はよくわかるだろう。

妻に早く死なれた周平(笠智衆)とその一人息子・良平(津田晴彦/佐野周二)の物語。周平は中学の教師だったが、修学旅行先で、引率した生徒の一人を事故で死なせたことを悔い、教師という仕事そのものを辞めてしまう。それから、父ひとり子ひとりの、離れ離れになりがちな人生が始まるのだが…

父が子を思い、子が父を思う、そのお互いの眼差しがずれない。息子の良平を中学から寄宿舎にやり、自分は東京に出て働き、良平を帝国大学まで出させる。秋田で教職についた良平の、「東京でお父さんと一緒に暮らしたいから、仕事を辞めようと思っている」という希望を突っぱねるのは、冷たく見えるのかもしれない。しかし、教師という仕事の大事さを誰よりも知っている周平(だからこそ、死なせた生徒の命日には、毎年供物を贈っている)は、自分と同じ仕事を選び、なおかつ生徒にも慕われている良平の将来を考えたときに、今のキャリアを終わらせるべきでない、と、心を鬼にして言ったはずなのだ。なにしろ、旅館で帰り支度をしているときに、周平は言ったのだーー「忘れ物はないか」と。冒頭、良平が小さい頃、身なりを整えてやったときに言ったのと同じ言葉を。父から子への眼差しは、いくつになっても変わらない。

周平が亡くなったときに、肩をふるわせて泣くのをこらえる良平の姿は痛々しかった。父から「男の子は泣くもんじゃない」と言われて育ち、周平の同僚の平田先生からは「堀川先生は最期まで立派だった、泣くことはない」と言われた(立派でない人こそ、亡くなっても泣く必要もないと思うが…)。良平はどちらにも抗えなかったのだろう。結婚を約束したおふみが、汽車の中でたまらず泣き出すのとは対照的に、良平は肩をふるわせつつ、窓の外を向いている。戦前にあって、ジェンダーの役割を意識していたかはわからないけれど、良平が男性としてこらえているに相違なく、心の中で「お父さん、お父さん…」と泣きに泣いている声は伝わってくる。名作『晩春』のラストで、剥いていた林檎の皮がポトリと落ち、笠智衆が肩をふるわせるシーンに通じる、静謐な表現といえるのではないか。

川での父子の釣りの場面、山間の川の映像なども美しさに加え、小津監督の「記号的でない」表現に心揺さぶられる作品である。
横山ミィ子

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