横山ミィ子

風立ちぬの横山ミィ子のネタバレレビュー・内容・結末

風立ちぬ(2013年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

とてもいい映画だった。庵野秀明氏の話し方も、優秀だけど不器用な二郎の雰囲気に合って、悪くなかった。

風は目には見えないものなので、風を表現するためのものが多く登場する。帽子、傘、髪の毛、草原、旗、工場地帯の煙突から流れる煙などなど。特に私は三重県在住で、石油化学コンビナートに多くある煙突から流れる煙でもって、風の強さを知ることが日常的にあるため、そういう描写はなんとなく嬉しかった。

この映画では、多くのモチーフや表現が死につながっていく。「風が立つ」という瞬間も、戦闘機乗りに取っては死への合図である。

二郎はひたすらに自分が「美しい」というイメージを追った人だった。大空を自由に飛び回るための機構を必死で探っている設計士の二郎にとって、大海原を自由に泳ぎ回るための機構であるサバの骨の形は、奇跡に近いものだったろうし、ドイツで軍機を見ても「美しい」と感嘆する。しかしその努力の先にあったのは、多くの若者の美しい命を落とすことになった、零戦の完成だった。

宮崎駿監督も大空に憧れ、ジブリのいくつかの映画では飛行機や龍を自由自在に飛び回らせているが、戦闘機に憧れた彼自身への苦しさも描かれているように思う。

ところで、本作は堀辰雄の小説『風立ちぬ』を題材にするもそのまま映像化したものではないが、あの静謐で悲しくも美しい世界観が描かれていたのも嬉しいところ。クロード・モネの『日傘の女』のオマージュが登場するのも印象深いが、その絵の女性も、小説のヒロイン節子も結核を患っていた。菜穂子も同様に結核で亡くなるわけであるが、二郎にとっても日本にとっても、戦争を通じてあまりに多くのものが奪われたのだ。

全体的にストレートな説明がなく、時代背景を汲み取りながら自分で補っていかねばならない作品だが、この映画の「堀越二郎 堀辰雄に敬意を込めて」という献辞は決して形だけのものではない。この作品を知る上での重要なヒントとなっている。歴史的な文脈の中でこそ「あなた、生きて」というセリフが胸に迫るのである。
横山ミィ子

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