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博士の愛した数式のGyGのレビュー・感想・評価

博士の愛した数式(2005年製作の映画)
4.5
映像はどのシーンも美しく撮られています。

セリフは数字に関するやりとりが多く、数字は個性的であること、数字を割ったり足したりすると面白い関係が見えたりすることなどを博士が語るにつれ、杏子たちは数字や数学がもつ世界の広さ不思議さに気づきはじめます。
清明かつ屈託のない会話でつながっていくので、我々観客も自然に引き込まれていきます。
またセリフに伴う所作はまるでスローモーション映画をみているように緩やかで穏やかです。

本作終盤近くに義姉(未亡人)が庭木戸を開け放つ場面があります。
それ以前をAG、以後をPGとして印象に残ったことを二、三...

AGでの二、三
ここでは、80分周期で初期状態に戻る博士の記憶についての紹介があります。
一生の中の80分、まさに刹那ですが、刹那だからこそ見えてくる切なさと美しさが博士の生活を彩っています。

数学は直感が大事だと博士は語ります。
直感は記憶も経験も超えた深層意識から突然沸き上がってくるゆえ、80分リミットの思考であっても事故前と同じく探求生活ができ、豊かな生を享受しているのだろう、この人が数学者で良かったなと。

なお、この段階では義姉と博士たちとはまだ世界を共有していません。
義姉は孤立しており、Nとして過去の博士とかかわっているだけです。

PGでの二、三
義姉が過去と決別したのかは不明ですが、少なくとも生身の博士と同じ時空で生きようとして木戸を開けたことは明白です。
その行為は杏子とルートも含め4人全員が同じ時間と空間を共有したいという意思を表しているのでしょう。
また、木戸を開けたままにする行為は、刹那さ=美しさ、を表す等号の意味があるのかも知れません。

海辺でキャッチボールをしながら集うラストシーンですが、異なる属性をもった4人が大団円の方向を向いて歩き出したことを示唆しているようで、殊に美しく撮れられていたと思います。

以下、視点を変えます。
AGの終わりごろ、オイラーの等式(公式)がでてきます。
この等式は農地の面積計算上、金融の複利計算上、あるいは実数ではないが存在を認めない限り数学自体が立ちいかなくなるという、それぞれ固有の理由かつ完全に独自に考え出されたπ, e, i、それに特殊な数にもほどがある0と1とが
e^πi+1=0
というシンプルな等式で関連付いている点で、奇跡的に美しい数式となっています。
博士たち4人の出自や人生が異なってはいても、実はこんなにシンプルな形でみんなが結びついているのだと伝えているように思いました。
博士がメモに書いたこの数式を義姉が読んだ時、彼女は木戸を開ける決心をした、このことが証左です。

加古隆の音楽と森麻季の無言歌が相俟ってレビュー評価は高めになりました。

余談1
80分は1.3333...時間。
このように80分は有限の世界に3という無限に繰り返される循環小数を内包している点で、感慨深い時間です。
この有限の中に潜む無限の問題は、ゼノンやアルキメデスなど各種パラドクスの源泉になっています。
偶然ではなく制作者の意図による時間設定かなと思います。

余談2
円周率πは円周を直径で割った比率ですが、半径で割った円周率τ(タウ)でオイラーの等式を表すと
e^τi=1
になります。
こうすればゼロもマイナス記号も除去できるため一層シンプルになり、見た目はもう少しよくなるかと思います。(もちろんオイラーの等式と等価です)
数学者の中にはこの表記法を提案した人もいますが、浸透はしていません。
古代からの円周率算出方式は文化遺産であり、そう簡単には変えられないようですね。

蛇足
誰がπかiか云々、という問があれば、i=博士、π=杏子、1=ルート、e=義姉、が一番多そうな回答になるかと思います。
もちろん正解はありませんが。
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