アむーレ

とんがり頭のごん太~2つの名前を生きた福島被災犬の物語~のアむーレのレビュー・感想・評価

3.6
2011年3月11日、東日本大震災の津波により誘発された福島第一原子力発電所事故の影響で泣く泣く飼っていた犬を置き去りにして避難せざるを得なかった福島県浪江町の食堂を営む家の愛犬ごんた太の物語。
ごん太は震災から数日後、ペットレスキューボランティアによって他の犬と共に浪江町駅前で保護された。その後、光文社の女性自身などで取り上げられ共感した人々のブログなどにより拡散され、やがて飼い主との再会を果たす。しかし、ごん太は悪性リンパ腫を患っており数ヵ月後に息を引き取る。ボランティア団体の動物へ対する無償の愛や、被災者とボランティアやその後里親となった人々を繋ぐ絆を描く。

まず、紛らわしい点を申し上げますと、エンドロールの最後、この物語はフィクションで登場する人物・団体・名称等は架空であり実在のものとは関係ない旨のテロップが表示されますが、この映画作品の原作は『とんがりあたまのごん太:福島余命1ヶ月の被災犬』の書籍であり、映画の中ではごん太の飼い主が食堂を営んでいたと描かれているが実際には中華料理屋(宝来軒)であったり、登場人物の名前を架空の名前としたり変更はあるがストーリーはできるだけ事実に沿った内容となっているとのこと。
ラストのこのテロップは全てが創作・想像によって作られたものと誤解されるおそれが著しくあるため、「本作のストーリーは事実に沿って描かれていますが、都合上登場人物や団体その他の名称について変更を加えております。」など、誤解を生まない表現をすべきだったと思います。

ストーリー展開については起こった出来事が時系列(たまに回想シーンもあるが)に淡々と描かれていくので、映画としての面白みには欠けるかな。東日本大震災関連映画としては『物置のピアノ』なんかと同様、震災の悲劇からの風評被害に苦しむ当事者とそこから這い上がろうとする姿を描くという既定路線は変えようのない事実なのでしょうがないとは言え、やはり題材的には淡々としてしまうのよね。

ただ、震災に苦しむ被災者だけでなく、そこにボランティアとして災害と闘った人物に焦点を当てたことはまた違った目線で良かったと思います。
自分は福島県に所縁があり、原発から40キロくらいの場所に実家がありました。東日本大震災のときにはどこから来たか分からない牛や馬が浜辺を歩いていたのを目撃したなど、そういった地元の情報も確かにありました。
人間が安全な場所に避難する傍ら、どうしたら良いのか分からない人間に飼育されていた動物達が路頭に迷っていたのは確かで、それら動物達に気付き保護しようとしたボランティア団体には頭が下がります。

絵のタッチはとても素朴で、とっても普通。見にくさもなく普通に見やすい。かといってこれといった特徴も感じなかったけど、何か映画作品として引き付けるような絵の力強さが伝わるタッチのシーンがあったら良かったと思ったし、路頭に迷ったごん太が主役の物語ですから、例えば『僕のワンダフルライフ』などのようなごん太目線(一人称視点)のシーンがもっとあっても良いかなと思いました。
どちらかというとごん太が主役というより、ごん太を取り巻くボランティアや飼い主の人間視点の俯瞰した目線が強く、ごん太自身の感情というのがイマイチ伝わりにくかったと感じました。

また事実を伝える目的の作品ということであまり過剰な演出は避けたのかもしれませんがあまりにも淡々としすぎた印象だったので、感情の起伏や危機迫る人の感情などはもっと分かりやすく映像や音楽で表現して、全編の中の魅せ所を強調して、ドラマチックに演出してほしかったです。
事実をねじ曲げるほどの過剰演出は不要ですが、作品が心に刺さりそれを周りに伝えたくなるような表現があるということも、作品を見た人がこの作品を通して震災の事実を周りに伝え続けることに繋がる大きな要素だと思います。

しかしそもそも、このデリケートな題材を取り上げ後世に伝えようとしてくれた企画そのものに感謝です。作品に携わった方々、ありがとうございました。
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