このレビューはネタバレを含みます
「なんで"ずっとこのまま"が続けられないのかなぁ?」
役所広司演じるトイレ清掃員の、美しすぎるルーティーンの物語。
始まってから1時間弱、役所広司のセリフはなく、淡々とした日々の様子が描かれる。朝起きて布団を畳み、ヒゲを整え、カメラや鍵を服に入れ、コーヒーを買ってカセットで好きな音楽を掛けながら仕事先へと向かう。貧しい暮らしながら決して悲観的ではなく、仕事を真面目にやり、時に木漏れ日の写真を撮り、夜は豆電球で読書に耽り、人生を謳歌している。トイレの置き手紙で⚪︎×ゲームをやるシーンのささやかな幸福感はヤバい。セリフが全くないのに、彼の人間性がひしひしと伝わってくる凄さ。
多くは望まない。今の人生で十分幸せ。だけど時々、過去を思い出してちょっぴりセンチにもなる。最後の涙はその示唆だったんだろうか?
しばらくは大きなことが起きるわけではないが、姪が出てきてからは役所広司の過去が描かれ、実はいいとこの生まれであることを知る。
生い立ちについては、スナックのママが言う「平山さんはインテリだから」がちょっとした伏線にもなってるのかなと思った。別にスナックのママも実際そう思って言っているわけじゃないけど、本当にそうだったという。確かに音楽や本の趣味がとても良いし、生き方に品がある。古本に洋楽のカセットテープ。Spotifyをお店と勘違いしていたって豊かに生きていける。劇中を彩る音楽もどれも素晴らしかった。
"ずっとこのまま"でいることには幸せがあり、追い求めすぎない暮らしの良さが作中には溢れている。決して綺麗なものが映っているわけではないのに、終始映像に品があって美しい。浅草の地下で飲むときに、「はい、今日もおつかれさん!」と声をかけられる時のほっこり感も良かった。
観終わったあとは無性に『11の物語』が読みたくなる。そして公衆トイレを使う時、ほんの少し感謝を感じるようになる。
年末の締めにふさわしい名作。ちなみに神社でサンドイッチ食べてる時に隣り合った鬱OLは結局何だったのだろう?
以下、セリフメモ。
「平山さん、やりすぎっスよ…。どうせ汚れるんだから」
「やればできるじゃないか!」
「平山さぁん、俺今日勝負なんスよ!」
「このテープいくらで売れますかね?いや、ただの好奇心っスよ。好奇心!」
(テープを返して)
「もう一回聴いてってもいい?」
「家出するなら、叔父さんのところって決めてたの」
「この本借りてもいい?『11の物語』。私、もしかしたらヴィクターかもしれない。気持ちがわかるってこと」
「繋がっているようで、繋がっていない。叔父さんの住む世界は、ニコのママのいる世界とは違うんだ」
「私は今どっちの世界にいるの?」
「ここ、奥までずーっと行ったら海?」
「多分」
「ねぇ、行ってみようよ」
「…今度な」
「今度っていつ?」
「今度は今度。今は今」
「私、ヴィクターになっちゃうかもよ?」
「叔父さん、ありがとう」
「本当にトイレの清掃してるの?」
「お父さん、もう色々わかんなくなっちゃってるけど、ホームに会いに行ってあげて」
「タバコ1本、頂いてもいいですか?」
「元夫です。癌が転移してましたね。アイツ(元妻のスナックママ)に会っておきたくなったんです」
「影って重なったら濃くなるんですかね?何にもわからないまま、終わっちゃうんだなぁ」
「影踏みしましょ。影踏み」
≪木漏れ日。一瞬のきらめき≫