有無を言わせない展開の速さが示す、抑圧者達の非人道さ。
踏み躙られていく存在を忘れないこと、見て見ぬ振りしないこと。
政治的な映画だと思った。政治的主張を含んだ映画という意味だけでなく、セクシュアリティの政治についての映画。
ベラが「学習」する性行為は、常にすでに外界との接触に晒されて「そんな言動を人前でするな」と周>>続きを読む
笑ってしまうぐらい映画理論概念のオンパレードだけど、この映画の方が先なのだろう。
映画に出てくる映画、しかも白黒フィルムは不気味。
「悪は存在しない」と言い放つことは、今そこにある危機を「上から下」の循環という極めて明確な論理で以て説明すること。
人も自然も、死さえも象徴化に落とし込まないのは誠実さ、なんなら矜持すら感じる。
言葉>>続きを読む
縮んだり拡大したりしないアイリスイン/アウト。からのプレーン視点への気持ちいい移動。
すげー。
再鑑賞
初めて見た時、何が何だか意味がわからなかったことを覚えている。
今見ると、強烈に時代性をまとった映画に見えるのは間違いなくて、これは悪口でもなんでもないけど「一昔前の映画を見ている」という感覚>>続きを読む
話はキショいけど、ヴォイヤリズムではない気がする。
ザクザクする編集が子供達の悪ふざけを簡潔に示すので見ていて飽きない。
カトリーヌの背景にうっすら結婚制度の重圧が見える。
『めまい』の時も思ったが、恋愛という表層の下にある搾取や偽善を婉曲的に描く映画の系譜ってあると思う。多分それを露骨に描くのがファスビンダー。
霧に包>>続きを読む
ブルジョワ階級や西欧の帝国主義の名残への強烈な批判精神は今見ても腑に落ちる。
武力革命に論点が移行するのは1960年代後半って感じだけど、その時代的痕跡も含めて興味深い。
ビートに乗せて詩の朗読する場>>続きを読む
擬似家族ものとついつい言いたくなってしまうが、嘘やパロディ、しかもロマコメ的なジョークやご都合主義と共に「家族ごっこ」が描かれると、それだけで「家族制度」をずらしてるよなと思ったら、最後にマーカスの口>>続きを読む
アクロバティックなアクション沢山ある。
ボリシェヴィキのプロパガンダの側面はあるけども、まずアメリカ映画やりたい!という欲望が強い気がする。
初見時は微妙だったけど、見直すとかなり面白い。
正しくサーク以降のファスビンダー映画。
ファスビンダー自身が演じるフランツ=フォックスの身振りは、ブルジョワ階級からの搾取によって停止させられるのではな>>続きを読む
鳴り止まない足音からの家に押し入って銃撃の一連の流れで完全に掴まれた。
インデックス的な映像記憶を繋いでいく演出には、直線的な物語構造や時間軸を解体してくれる気持ちよさがある。
キャラクターも設定も記>>続きを読む
パーソナルな問題ではなくて、システムとしての男性性の悪夢。
「泣いてもいいんだよ」って言葉では浮かばれなさすぎる。
暗いマッチョなザック・エフロン。そういえば『ハイスクール・ミュージカル』の主人公も父>>続きを読む
主人公が音声マンだし、霊現象とフォーリーの組み合わせは面白そうだなと思ったけど、特にそれが活かされるわけではなかった。でも大分変わった物語で飽きない。
理不尽な何かが起こってるということ自体は感知でき>>続きを読む
再鑑賞
「Katzelmacher」は、ヨーロッパ南部出身者への侮蔑語とのこと。ヨルゴスはギリシャからの「Gastarbeiter」だけど、途中までイタリア人と呼ばれる。劇中のミュンヘンの若者達は、粗>>続きを読む
冒頭と結末で、ファーリー・グレンジャーもキャシー・オドネルも佇まいや表情がまるっきり変わる。95分でここまでの変化を描けるのが単純に凄いと思った。
エドワード・アンダーソンの原作タイトルは「Thiev>>続きを読む
再鑑賞
高低差がヒエラルキーを如実に示し続ける。
見下ろすドリーズームに対応するかのように、スコッティは常に他の人間(主に男達)を見上げている。カメラが彼を見上げる時は、後ろに更に高い建物(教会や塔)>>続きを読む
久しぶりに見た。
密告するのは愛を確かめるため。
ファスビンダーとの比較のために見たけど、あんまり似てないな。
空間の位置関係を厳密に描くことをゴダールはしないし、むしろその逆。
アメリカの換喩として>>続きを読む
めちゃくちゃ元気出た。
自分の世界が拡張する瞬間の喜びを描く映画は良い映画。
再鑑賞
スーパーマーケットや野原で俳優が「自然」に演技している場面は、確かに「neu」で軽やかな空気が流れるが、そのどちらも後の破滅的展開の前振りに過ぎない。
いくら暴力的で排他的だったとしても、ファ>>続きを読む
再々鑑賞
再鑑賞
ゲームばっかやってタバコとビールが主食の「大きい子供」人生なんて続けてると世界終わるぞという教訓映画。
真の大人になるのならば、親も腐れ縁友達もレコードも捨てるしかない!
フェイクでキャリアを始め、フェイクで業界を追われたオーソン・ウェルズの遺作が本作なのはアツいなと思いつつ、単純にこんな映画見たことない!という驚きに尽きる。
全部フェイクという危険な絶望ではなく、むし>>続きを読む
『まわり道』が風景+テキストの映画なら、『都会のアリス(都市都市のアリスの方が正確)』は風景+表情。
写真の証拠性や非血縁関係のコミュニケーションなどは勿論良いけど、根底には寄るべなさが流れている。言>>続きを読む
ファスビンダー自身が扮する暴力的な青年(調べたらネオナチぽい)。
『ザ・キラー』にも思ったけど、拳銃というアイテムは、射殺する以上に、相手の行動をコントロールする(手を上げさせる、命令に従わせる)暴力>>続きを読む
発見の映画だと思った。
アハマッドが何かを見つけ続けることを通じて、映画内世界も広がり続ける。
この家二階建てだったのかとか、今夜になったのかとか、常に新鮮な発見ができる。
何かを無視する大人達。
最>>続きを読む
再鑑賞
チェイスシーンが有名だけど、群像劇として面白いな。
逸れもののリンゴとダラスが次第に同じ画面に収まっていく。
先住民の描き方は、アパッチ族はかなり差別的だが、シャイアンは逆にマジカルな使われ方>>続きを読む
いわゆる効率的な語りによる映画なのだろうが、散髪屋との会話や道端で遊ぶ子供達など、本筋に直接関係のない要素が入っているし、しかもそこで物語を停滞してる印象が全くないのが面白い。
殴ったり殴られたりの動>>続きを読む
再鑑賞
マゾヒスティックな自殺願望。
本当に大学の自主映画みたい。でも公園の俯瞰、日本と西洋についての朗唱など時折目を見張る場面もある。
スクリューボールコメディとして笑える箇所は随所にあるけど、予想以上にセクシュアルな話だった。
夜に寝床を分ける二人の距離が徐々に近づく過程が、ロマンチックというにはあまりにも暗く生々しい。
森の中で唇>>続きを読む
展開が蓄積すると共に、主人公のフラストレーションもどんどん高まっていく。ライカートの映画は全部そうだった気もするけど、今作はそれがコミカルに昇華されていてずっと楽しい。その緊張を一瞬で破る動物達の運動>>続きを読む
湖畔での愛の告白の、凄く単純だけど丁寧に作られた立ち位置の演出。
喧嘩する場面は編集が早いのに、じっくりと話すカメラも動く。
山田五十鈴が唯一髪を下ろしてる場面が良い。
日常の裂け目を覗く。鏡面の使い方は意味わからないけど面白い。
夫?を静止する女性のショットが、『殺しのドレス』そっくり。
リンチがマヤ・デレンを参照したのは聞いたことあるけれど、デ・パルマってどうなの>>続きを読む