daisukeooka

リコリス・ピザのdaisukeookaのレビュー・感想・評価

リコリス・ピザ(2021年製作の映画)
4.8
畏れ多いほどの映画巧者たちがこの映画をホメまくっている。そのホメの根拠が、彼らが今までに観てきた数多くの映画と彼らが今までに聴いてきた数多くの音楽に立脚しているので、不勉強なおれとしてはついていけなくて自らを恥じるほかない。でも、この映画が素晴らしいってことは分かる。

ゲイリー(クーパー・ホフマン)とアラナ(アラナ・ハイム)がハイスクールのID撮影で出会うシーン、あの一連、音楽1曲フルに聴かせつつワンカットじゃなかったか? ある意味あのオープニングで既に映画として仕上がってしまっている。鮮烈に固定された恋の一瞬。人生のあの時代でなければ手にできない感覚を蘇らせてオープニングに持ってきたPTAの手腕がニクすぎる。

この映画を観ていても「物語の8割はキャラクター」の根拠は分かるような気がする。出てくる面々が一人残らず濃い。もともと寡作なほうの人だとは思うけど、きっと観察や取材からのキャラ造形にかなりの時間を積み上げているんじゃないだろうか。こういう人だからこそこんな風に動く、だから物語がこう動く…というメカニズムが明らかで、恋愛人間模様映画なのに雰囲気で押し切るところがほとんどない。物語の中で「人が人を大事に思うこと・その一方で人が人を疎ましく思うこと・自分が自分を自棄に思うこと」それらに無理がない。例えばゲイリーみたいな少年なんてその辺にいない、ガキのくせして成功者なんだけど、彼のアラナへの思いも、イケイケな一方で些細なきっかけでビビったりするところも、成功なんて言葉と縁遠いおれから見て、結構共感できるのだ。

描かれているのは70年代末から80年代前半で、その頃の情景を「懐かしい」と評する記事もあったけど、作り手のPTA自身は70年代にはまだ子どもだったはず。おれと同年代だ。でも彼が描いたのは子どもの目線での「懐かしさ」じゃない。そこにちゃんとした青春物語を置いて、見事な選曲と撮影で「誰もが経験してきた青春時代の感覚」を刺激して、あらゆる世代から共感を集めてしまうなんてスゴイ。だって聞いたことない曲を初めて聞いて「懐かしいかも」なんて思わせるのだ。マジックだろ。

そして会いに行くときには走るんだよ。二人で逃げるときも走るんだよ。理詰めの動機と生き物的な衝動が揃って二人を走らせる、単に泣かせるために取ってつけたような走らせじゃない、この走り。これ。

エンドクレジットの寸前、二人が寄り添って歩く空は夜明け前のマジックアワー。儚くて気づいたときには過ぎ去ってしまう幻の時間。なにもかもバッチリ。ちくしょう。
daisukeooka

daisukeooka