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透明人間のYNのレビュー・感想・評価

透明人間(2019年製作の映画)
4.6
冒頭のシーンだけで確信した。これ、めちゃくちゃおもしろいやつだ、と。

異常な状況を一切の説明なく完璧に分からせ、観客を主人公の側につかせる。ただ寝ているだけなのに、男は恐怖の対象になり、主人公に対して「早く逃げて!」と手に汗を握ってしまう。文句のつけようがないオープニングだ。

本筋に入っても、設定と話の展開がめちゃくちゃうまい。
主人公が精神的にナーバスになってしまうのも、それ故に「彼が生きている」という話を(主人公の状況を理解した上で)信じてもらえないのも、説得力がある。信じない理由が悪意ではないからやっかいなのだ。

この「透明人間の存在なんて信じてもらえない」という構造をモラハラ・ソシオパスと結びつけたのがうますぎる。
透明人間というのはメタファーであって、声を上げても信じてもらえない被害者、という構造は現実だ。多くの人は現実では「信じない」側だが、この映画を通して「信じてもらえない」側の苦しみを追体験できる。それはあまりに恐ろしく、気が狂いそうになる。

だがこの作品はそういった社会的な切り口だけを持つわけではない。ホラー/スリラー映画として存分に楽しめるつくりになっている。
まずはやはり前提部分の説得力だ。加害者が光学研究の第一人者という設定が、その後の展開すべてをスムーズにする。いや、有り得そうだもん。主人公もその点をふまえて透明になる技術を開発したのだろうと言っているのでかなり理路整然としているのだが、死の証拠があり信じてもらえないのが悔しい。透明人間の仕組みも、説明は無いがパッと見でだいたい理解できる良いビジュアライズ。
そして緊張感の演出。ここが非常に優れている。見えないことをきちんと尊重して、派手な演出はしない。予告でも使われている、白い吐息だけが見えるシーンなど、ただそこにいる、という恐怖。
しかしそれだけではやはり退屈になってしまうところに、ソシオパスの加害者が意図を持って被害者を脅しに来る。恐怖シーンもその理由がわかるので、気が散らずに集中して見られる。
更に主人公を追い詰めていくやり口。やっていないことをやったことにされるのは、実は物理的に透明かどうかはほとんど関係がない。実際にモラハラ加害者がやるタイプの嫌がらせだ。モラハラ加害者は加害者としての自分の顔を透明化して、被害者のヒステリーのように見せかける。このメタファーがばっちりと効いてくるのだ。

そして、ひたすらに緊張を強いられ、消耗させられる前半から、反撃の後半へ。痛快とも言えるラストシーンで幕。鑑賞後、あまりに面白いものを見た、という満足感で膝が笑うという未知の体験をした。

こう書いては見たものの、この映画の面白さの本質をまだ言語化できていない気がする。とにかく、終始あまりに面白かったのだ。
もう少し精度高く言語化できることがあれば追記したい。
音の演出が優れているので、音のいい劇場で見るのがおすすめ。
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