Miller

テイク・ディス・ワルツのMillerのネタバレレビュー・内容・結末

テイク・ディス・ワルツ(2011年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

じめじめと蒸し暑い台所に立つうつろな眼差しの女性。
手を伸ばせば届く近くの範囲を見ているのに、どこか遠くを眺めている。
この映画は、そんな主人公マーゴの姿で始まる。



フリーライターのマーゴは、料理本の出版を目指す夫ルーとともに平穏に暮らしている。
取材先に出かけたマーゴはダニエルという男性と出会う。
二人の出会い。ダニエルはマーゴを冗談で気まずい状況に巻き込む、ただのいけ好かない存在。
取材帰りの同じ飛行機の隣同士という関係で再会し、マーゴはダニエルの中にどこか捉えどころのない魅力に魅了される。
到着した空港で、遠く離れた旅先で出会った魅惑的な彼が自宅の近所に住む男性だと知り、その偶然がダニエルを更に特別な存在のように感じるマーゴ。



マーゴの夫ルーは自宅で、鶏肉料理のレシピ本作成のために自宅で調理に取り組んでいる。
お互いに自宅が職場の日々だが、ルーの姉ジュリーや友人達との程良い関係の人々との付き合いが、二人の生活にスパイスを加える。
ルーとマーゴの間には、二人の間でしか共有できない冗談や、やりとりがあり、その様子はとても微笑ましい。
マーゴと夫のルーは、互いの存在を愛し、毎日が過ぎていく。

だけれども、二人きりの時間において時折分かり合えないことがある。
互いに異なる二人が時間を共有しているので、少しずつのかけ違いが重なっていく。
満ち足りた、穏やかな暖かさの中にいられる幸せを感じつつも、何かが物足りない。



マーゴとルーの穏やかな時間と比べ、マーゴとダニエルの逢瀬は、会話や行動の中に互いへの情熱が満ち溢れている。
ダニエルの前で、マーゴの入ったプールが染まっていくこと。
二人きりでプールに行き、プールの中で交差するように泳ぐ二人。
マーゴとルーが、ダニエルの人力車に乗ると、ルーが隣にいるにもかかわらず、ダニエルの首、腕、その息遣い、マーゴはダニエルのことしか目に映らなくなってしまうこと。
マーゴとダニエルは、互いの愛を感じつつも、進展はしない。


マーゴはダニエルを、マーゴにとって大切な場所へ連れていく。
マーゴとダニエルが二人で乗った遊園地のアトラクション。
鏡張りの中を、照明が乱反射し、その中を二人で過ごす。
遠心力でお互いの体が近づき、手をあげて全身で楽しむ。
その中で、お互いが愛し合っていることに、そしてそのままの状態ではどこまでも遠いままの存在であることにそれぞれが傷つき、それでもまた楽しもうとすると音楽は終わる。
二人きりの世界も、アトラクションの制限時間が終われば、乗り物の動きはとまり、照明は消える。
蛍光灯に照らされたその場所は二人きりの特別な世界ではなく、ただの味気ない場所に戻ってしまう。
ダニエルはマーゴに「君が動かない限り何もしない。このままさ。」とマーゴに選択を促すバトンを渡す。
マーゴはダニエルを愛してしまっているが、ルーのことを考えると選択をすることができない。




以下ラストに触れます

ダニエルは、選択ができないままのマーゴの家に手紙を投函し、マーゴのもとを離れる。
ダニエルの姿を探し求めるマーゴ。
ダニエルによって発見されたマーゴは、一つの選択をした。
マーゴはルーに気持ちを伝える。
ルーとの別れはとても切ない場面だ。
どこまでもルーを傷つけたマーゴだが、ルーによって背中を押されてしまう。


夢見たダニエルとの生活が始まるが、マーゴがダニエルと一緒にいた時に感じた、特別だった時間は過ぎ去り、特別な存在になるはずだったマーゴとダニエルの二人は、ダンスホールのような場所を切り取った場面で映されるだけの存在になった。


特別な時間、存在したはずの未来。
マーゴとルーが年老いたときに、ルーがマーゴにシャワーのいたずらの真実を語り、二人で笑いあうマーゴとルーの未来。
マーゴが、数十年後に灯台を訪れたときにダニエルと再会する未来。
失われてしまったマーゴの世界。自ら手放してしまった未来。


時間は流れ、マーゴのもとにルーから連絡が来る。
ルーにはかつてアルコール依存症で苦しみ、現在は家族の支えもあり、断酒をしている姉のジュリーがいる。
そんなジュリーが失踪したことを知らされ、マーゴはルーのもとに会いに行く。
マーゴとルーの久しぶりの再会。再会の時は、その場に現れた飲酒状態のジュリーによって様相を変える。

ジュリーはマーゴに対し
「思い切ったわね。
それで何もかもうまくいくと思った?
さぞいい気分でしょうね。信じられない。
恥さらしは私だけ?
私たちがやっていることは同じよ。
あなたのほうがひどいわ。
馬鹿な真似をしたわね、
人生っていうのはどこか物足りなくて当然なの。
抵抗するなんてばかみたい。
今の私もばかね」
と言い放つ。

サラ・ポーリー監督は、ジュリーとマーゴの関係について、このように語る。
「ジュリーはマーゴにはない知恵を持っている。
依存症になった経験を持つ人々はその知恵を持っている。
他の人々はなかなか身に着けられないもの、ほしいものが手に入らないと死んでしまうような感覚。
アルコールや薬物依存の人々なら知っているその罠や幻覚を。
ジュリーは依存症の意味を理解できるような気がするの。
マーゴが”薬物”を必要としていることも」
マーゴが選択したことに関して、誘惑に傷つけられ続け、マーゴの状態を理解できるジュリーが、マーゴの現在の気持ちを言葉に表す。


マーゴとルーは言葉を交わし、それぞれの場所に戻っていく。
かつて二人だけで共有し、笑いあっていた冗談を口にして。
二人の時間はもう元に戻らない。


映画はオープニングのシークエンスに戻る。
じめじめと蒸し暑い台所に立つうつろな眼差しの女性。
手を伸ばせば届く近くの範囲を見ているのに、どこか遠くを眺めるような彼女の姿。
彼女の横を通り過ぎ、窓際に行く男性。
ここまではオープニングと同じだが、その後に展開が加わる。
横を通り過ぎた男性を後ろから抱きしめるマーゴ。
そのシークエンスから、マーゴが遊園地のアトラクションに一人で乗っているシーンに移る。
かつてダニエルと二人きりの世界を楽しんだアトラクションも、今はマーゴ一人きり。
マーゴは戸惑ったような表情を浮かべる。
回り続けるアトラクションの中で、戸惑った表情から次第に笑顔になっていくマーゴ。
映画はその場面で終わる。

マーゴ役を演じたミッシェル・ウィリアムズは本作について
「成長をテーマにした作品。普通このテーマを扱うなら10代の思春期について描く。
マーゴが思い切って一線を飛び越え大人の女性へと成長していく。」
と語る。

次第に笑顔になっていくラストシーンを見て、映画の途中に描かれる場面が思い返される。
それは、マーゴやその友人の肉体と、マーゴ達よりも年齢を重ねた女性たちの肉体が描かれる場面。
マーゴの感じた憧れや喪失、マーゴの姿を笑って眺めることができ、それと同じような思いを感じてきたかもしれない女性たちの姿。
彼女たちと比べると、マーゴやその友人は子供のように映る。
憧れ、迷い、失った日々は過ぎ去ってしまったが、その日々を生き抜いてきた確かな肉体として存在する。
回り続ける世界で、その世界を楽しむこと。
その時々をその時々として享受すること。
その輝きは手に入れる前に輝き、手にした後は失ったものの輝きを思い出す。
どこまでも続く、永遠に矛盾するような感情。
たとえ積み上げてきたものが形を成さなかったとしても、向き合ってきた人々は時間の経過を感じさせ、とても美しく輝く。


物足りなさと、それを満たしてくれるかのように思える欲望とどのように向かい合うべきなのか。
この映画は、誰もが感じる思いとそれを手にした後に感じてしまうかもしれない情念を描き、またそれに対する優しい回答を描いているように感じた。
Miller

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