Jun潤

悪は存在しないのJun潤のレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
3.8
2024.04.27

濱口竜介監督作品。
第80回ヴェネツィア国際映画祭にて銀獅子賞を受賞。
濱口監督は今作で『ドライブ・マイ・カー』『偶然と想像』と合わせてオスカーと三大映画祭のすべてで受賞した監督として黒澤明以来2人目の監督になったとのこと。
邦画の勢いを牽引しているといっても過言ではないほどの人ですが上映規模だけもう少し大きくならなかったものか。

長野県の山中に暮らす、巧と花の父娘。
巧は日々薪を割り、湧水を汲み、花は父の迎えを待たずに一人で森の中を歩き回るなど、自然と共存して過ごしていた。
町では、コロナ禍の煽りを受けた都会の芸能事務所が、グランピング場を新たに建設しようという計画を立ち上げ、住民への説明会を開催しようとしていた。
水を汚し、森を燃やしかねない計画の内容に対して意見をぶつける住民たち。
企業側には、そうした住民たちに歩み寄ろうとする人もいた。
自然の事情に精通していることから協力を依頼された巧は、自分達の生活を見せる。

濱口監督が魅せる会話劇とカメラワークがピッカピカに光る待望の新作。
森の様子を写すのに上からではなく下から見上げるような画角であったり、走る車の進行方向ではなく走り抜けていく後方を写していたりと、意図を汲み取りきれませんでしたが印象に残る画角の場面がいくつもありました。

会話に関しては、グランピング場建設の住民説明会やそれに対する企業側のオンライン会議、企業と地域住民との板挟みに遭う社員たちによる車上の会話など、ストーリーを進めるためのものではなく、それぞれのキャラクターの解像度を上げていくようなものが多かったように感じます。

タイトルの『悪は存在しない』の意味については、生活を脅かされるかもしれないと考えているように見えた地域住民にも、自然を開拓し始めたばかりの新参者である自覚があったり、企業側の人間にも、地域住民の意見を無視するのではなく受け入れて共存しようとする意思があったりと、性善説的なものなのかもしれませんが、個人的には、自然の中で暮らしていようが、都会で暮らしていようが、それぞれの生活や利益などの目的が相反していようとも、それぞれがそれぞれの立場で、正しいと思うことをやっている、悪だとは思っていないことをやっている、だからどこにも『悪は存在しない』んだという意味に感じ取れました。

しかしラストの場面を観るとそれも違うんじゃないかと思いました。
人間側がどれだけ共存しようと努力していても、自然は時に牙を剥く時がある、棘が刺さる時がある。
巧が梅原の首を絞めたのも、悪意によるものではなく、自然が人間に危害を加えているところ、「悪が存在している」ところを見せないようにした行動だったんじゃないかと思います。
そちらに画角を持っていくことで、鑑賞している側にも、鹿が花を傷付けているところを見せないようにしたのかなと思いました。
Jun潤

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