幽斎

カンダハル 突破せよの幽斎のレビュー・感想・評価

カンダハル 突破せよ(2023年製作の映画)
3.8
A級俳優Gerard Butlerが敵陣深くから孤立無援の脱出ミッションと言うアメリカ国防情報局の実話を基に描くアクション スリラー。AmazonPrimeで鑑賞。

Liam Neesonと並んで私のレビュー常連(笑)、本名Gerard James Butler 54歳はグラスゴー大学を最優秀の成績で卒業後はエリザベス女王のマネージメント事務所に勤めたスコットランドの弁護士と言うインテリ。趣味は「読書」と言うのも頷ける。パッと見似た境遇のNicolas CageやNeesonとの違いは一人はオスカー俳優、もう一人はオスカー・ノミネートと実力を兼ね備えるが、Butlerも「オペラ座の怪人」演技力は如何なく発揮したが、正直「300」以降は伸び悩んでる様にも見える。

ソノ理由がADHD Attention Deficit Hyperactivity Disorder 注意欠陥障害。具体的には長い台詞が憶えられない、注意力が散漫でケアレスミスが多い。故に他の俳優の何倍もの努力で「オペラ座の怪人」経験値ゼロで見事な歌唱力を「300」肉体改造に成功、自分を追い込む事で役作りする姿勢には感銘を受けるし、日本のADHDの方にも勇気を与えてると思う。彼の自宅はニューヨークに有るが、今でもスコットランドに事務所を構え、サッカー セルティックFCの熱烈なサポーターとして有名。彼がプロモーションで来日した際「俺のヒーローは中村俊輔だよ」王様のブランチで語る親日派。

CageやNeesonとの違いは彼には「金」が有る(笑)。例に依って本作もプロデューサーを務めるが、相棒のAlan Siegelとのコンビはレビュー済「ハンターキラー 潜航せよ」「バニシング」「エンド・オブ・ステイツ」「グリーンランド 地球最後の2日間」「CHASE/チェイス 猛追」「ロストフライト」と本作。今回は準レギュラーのRic Roman Waugh監督とのコンビ。読書家の彼が選んだ脚本は中々面白い素材と言える。

原案はアメリカ国防軍の元情報部Mitchell LaFortuneが、自らの体験を基に映画用の脚本「Burn Run」執筆。プロットは元CIAとNSA局員Edward Snowdenが、世界中を震撼させた内部告発事件と、LaFortuneがアフガニスタン赴任時に体験した実話をクロスオーバーさせたテクノ スリラー。コレをレビュー済「ジョン・ウィック」大成功に導いたThunder Road Filmsが買い付け、Butlerに「旦那、良い脚本が手に入りましたぜ」進言。秒の速さで飛び付いた彼はタイトルを「Kandahar」に変更。流石と思うのはサウジアラビアでしっかり本気のロケを行い、首都リヤドに次ぐ大都市ジッダで撮影された初のハリウッド映画。リアリティは折り紙付きで有る。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

とは言ったモノの、ミステリー専門の私には開始早々から荒唐無稽なフィクションにしか見えない。先ずButlerが主役なので潜入捜査官でも絶対に死なない変な安心感。イラクの核施設をリモートでメルトダウン、本家「007」でもヤラない虚構の産物。ソレに纏わる潜入捜査と逃走劇はリアリーと思うが、偶然の連続と言う重箱の隅を突いても野暮と言うモノ。本作のテーマは「目には目を」ルーツは紀元前18世紀バビロニア王の「ハムラビ法典」由来。私はEXクリスチャンですが、此れらは「報復律」の一種、人が誰かを傷つけた時はその罰は同じ程度のモノでなければ為らない、と定めてる。

モデルのLaFortuneの実像は、アメリカ国防省局長と言う立場で中東に何度も派遣された、元イギリス軍の少佐。ソレで腑に落ちたが彼はアメリカの行き当たりばったりな外交と中東との複雑な政治力学を、映画を通じて世界に伝えようとした。9.11以降に激変したアメリカと中東の関係は、元を正せばアラスカ原油(だから飛び地で州が有る)を持つ産油国のアメリカは、宗教上の抗争に手を貸す、貸さないを繰り返し大国のイランとも不倶戴天を崩さない。「アフガニスタンが一つに成れない理由」言及する事で、他のB級アクション映画とは違うインテリジェンスも感じる。

プロローグのイランは、ルールに基づきNPT核拡散防止条約に加入、IAEA国際原子力機関と包括的な保障協定を締結。背後には大国ロシアの存在が有り、北朝鮮と同じく核開発の疑惑が拭えない。ロケ地のサウジアラビアも日本に原子力発電所を造れと催促するが、ウラン濃縮やプルトニウム分離等の技術協力の先に核ミサイルが有る事は、北朝鮮から不定期にミサイルをお見舞いされる日本なのでソコまでお人好しなバカじゃ無い。だが、ミサイルを撃ち込まれるよりもハッキングされる方が現実的だと思う。

イラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」。1979年イラン革命でホメイニ師が最高指導者に成ったが、革命前夜まで正規軍は権力を追われたシャー、皇帝の側に居たので支持者は軍部を信頼できる確信が無い。ホメイニ師は自分に忠誠を誓う別の軍を設立。国家元首は政治と宗教の最高位の指導者。「コッズ部隊」アラブ人の味方としてイスラエルと今まさに係争中のパレスチナ等、多方面を支援。サラッと記憶に留めて欲しい。

EXクリスチャンの私はイスラム教を悪く言う気は毛頭無いが、彼らの聖典はどうしても「恨みの連鎖」から脱却する事が出来ず、キリストの「赦す」と言う精神に欠ける。「アフガニスタンが一つに成れない理由」つまり国自体が液状化現象を起こす限り、裏切りの連鎖は「商売」に成る。即ちアメリカとロシアの代理戦争と言うシークエンスは永遠にも見える。彼らは石油が出なければアフリカの様に世界から孤立する。資源の無い日本は原子力発電を拒むなら中東から見放されると即刻停電する。中東で起きてる現実はバタフライ エフェクトで日本にも連鎖する事も忘れてはイケない。

一見するとおバカ映画に見えるが、監督は常に骨太を貫き「影の戦争」批判する視点は、もっと評価されて良い。珍しく中東の人々をきちんと「人」として描いた。ソレが主演のButlerの願いでも有る事を忘れないで欲しい。

外側は荒唐無稽、内側はリアルの塊と言う、アクション映画の鏡には作家性すら感じた。
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