幽斎

アルゼンチン1985 ~歴史を変えた裁判~の幽斎のレビュー・感想・評価

4.4
【Amazonスタジオ作品シリーズ】原題「Argentina, 1985」。アカデミー国際長編映画賞アルゼンチン代表。ゴールデングローブ外国映画賞。AmazonPrimeで0円鑑賞。

アルゼンチン最後の軍事政権を追訴した1985年の裁判をプロットに、検事と副検事の活躍を描く。軍幹部に終身刑を言い渡した歴史的裁判の映画化だが、此処まで読んでメッチャ「ムズい」と想像するかもしれないが、秀逸なのはユーモアも有って暗過ぎず、良い塩加減のエンタメと、力強いメッセージの骨太な一面とのバランスもお見事。

日本で軍事政権と言っても正直ピン!と来ませんよね、私もです(笑)。軍事政権が倒れて良く分からないけど良かったね、程度の認識だと思う。アルゼンチンもスペイン植民地時代から内戦が勃発して約40年前まではバリバリの軍事政権。本作は国民に政治を取り戻し、軍事政権の残虐な非道の責任も問う。三権分立と言う言葉が有りますが、司法も軍に毒されて裁判も一筋縄ではイカ無い事は容易に想像出来る。

日本でも安倍派の政治資金問題が国会を揺るがす事件に発展したが、関与した議員は保身の為に「覚えてません」国会の場で平気で嘘を憑く事に何の躊躇いも無い。都合よく記憶が消えるなら議員活動にも支障を来たすだろ。ソンな議員の皆さんに強制的に鑑賞させるべき。秀逸なのは政治ドラマとして、法廷ドラマとしても見応え有り。素人にも分かり易く語り掛けるので、ムズい話は苦手だなと言うソコの貴方、日本語吹き替えも有るので、決してソンはさせない自信は有る(キリッ!(笑)。

後に「Juicio a las Juntas」フンタス裁判として語られるが、南米の独裁政権に対し、民主主義政府が行う裁判で最も成功したと歴史に名を刻む。ナチスの戦争犯罪を描いた、ニュルンベルク裁判は何度も映画化されたが、ソレに匹敵するクリアランスで、冒頭から厭戦ムードで勝ち目が無い。不信と言う「諦め」頑張っても報われない、政治に対する北極並みの冷めた視点が支配する。平和で恵まれた日本でも同じ感覚なのは、私達が正真正銘のビニールハウスだと眠い貴方も目が覚めるだろう。

ナゼ日本の政治が停滞するかと言えば、議員が老害の固まりだから。自分達の世代だけ逃げ切れば良いと言う、戯言が支配する。解決策は権力に依存しない次世代の議員が多数派に成れば、確実に政治は好転する。岩盤組織の軍事政権に挑むのはアルゼンチンの若者。独裁時代に負い目が無い彼らは、映画的なユーモアも交え「未来は自分達でブレークスルー」。秀逸なのは立ち位置がブレる事無く、過去に加害者側に加担しても、やり直す正しい行動は出来ると力強く背中を押す。

私は南米映画に疎いが、本作はアマゾンが主導権を握るも、制作は現地のアルゼンチンのスタジオ。ハリウッドを踏襲しないので裁判のシーンでは技巧的な演出は影を潜め、直球勝負の分かり易い作劇が難しいテーマを、観客に安心感を与える様に転換させたのは地味に凄い。Santiago Mitre監督が「パウリーナ」「サミット」等、国際マーケットで実績が有るのも納得。ナチスを扱う映画では、実際の事件がソウだからと陰惨なシーンを見せるが、観客にトラウマを煽る懸念も有る。

インパクト勝負のアメリカ式では無く、裁判の被害者感情に配慮して視覚的な暴力映像は無い。目撃証言と被害者が証言するシーンを抽出「映像よりも言葉の力」狙いを定めたアプローチが素晴らしく清々しい。ハリウッドなら裁判のシーンはフラッシュバック、時間軸を弄るパターンが多いが、本作は言葉のインパクトだけで勝負。テクニックでは無く「映画って本来コウ言うモンじゃね?」純粋な南米に教えて貰った気分だ。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

クライマックスの論告シーンは鳥肌モノ「お前達は当事者の声を聞け!」魂の叫びは偏る事無く、公平に徹するスタンスは、結局は人の心を動かすのは「正論」一点の曇りも無く相手をフルボッコ。序盤のヌルイ展開は計算されたモノと勘繰りたく為る、見事なクレッシェンドを迎える。実際の裁判故に始めからゴールは分かり切ってるが、犯罪に手を踏めた者は地の果てまでも許さない、真っ当な人間の気概も感じた。10分間の論告は私が映画を見た中で過去最高の「はい論破!」(笑)。ソノ製作過程も実に面白い。

凄みを感じたのは物語の畳み方。ハリウッドなら「お前ら全員終身刑だ!」啖呵を切って国民の喝采を浴びてエンド。しかし、本作は判決に関しては静かに電話で済ませ、直ちに控訴に踏み切る。戦争犯罪者との闘いはまだ続く。検事と秘密裏に会う大統領、三権分立の頂点も検事を「是」とする演出も深い。アルゼンチンのスタジオを信じて制作に介入せず、自由に創らせたアマゾンも評価されて良い。脚本はシンプルに熱くて純粋。正義を貫く姿が「日本のヒーローもの」的な崇高なカッコ良さ。「ヌンカ・マス」心に残る台詞も多い。言葉に耳を傾ける大切さを教えてくれる、とても有意義な141分だった。

1.50:1アスペクトも当時の映像との垣根を無くす為だろう。隅々までオシャレやわ(笑)。
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