コントラバスのような低音が鳴り続け劇場に不穏で閉塞的な空気が流れます。
重厚な雰囲気に包まれたまま熟年夫婦の日常が描かれました。
妻のミナは病に冒されており、夫のハリムは秘密を抱えています。
寡黙で辛気臭いハリムは、腕の良い伝統衣装カフタンの職人で、接客担当で勝気なミナと共に小さな仕立て屋を営んでいます。
次々と客は訪れますが、「仕事が遅い」と手仕事への理解がありません。そんな彼女らへミナは「主人は機械ではなく職人である」と言い返します。
また職人不足という課題を抱えていたところに、手先が器用なユーセフという若者を迎え入れることになりました。そんな彼にも秘密があって。
秘密、タブーの告発が物語の軸かと思いましたが、支え合う夫婦の姿、苦悩する姿とじっくり向き合っていくものでした。
ハリムは青いカフタンに取り組んでいますが、それはミナが最高傑作と呼ぶ、青地に繊細な金の刺繍が映える芸術的なもの。
3人の人生はそんな金の糸の様に丁寧に撚り合わされていきます。
手仕事、すごく素敵だと思います。
けれど現代の生活に慣れきってしまっている私は、失われてゆく文化や職人に対して諦めの気持ちもあります。失ってほしくないとも思います。
終盤、戒律という言葉が投げかけられました。
モロッコで生きる彼らに根付いた宗教もまた時代に晒されているのかもしれません。
夫婦の住む旧市街は年季の入った洋風の街並みで、海風が流れ込みます。
そこでの暮らしぶりからはたくさんの文化の違いを見せてくれました。
そんな日常のなかで、ミナが心躍らせ輝きをみせるシーンがあり印象的でした。とても自由で。
人生の夕暮れについて思いを馳せたほろ苦い時間でした。