ささきたかひろ

怪しい彼女のささきたかひろのレビュー・感想・評価

怪しい彼女(2014年製作の映画)
3.8
ジャンルとしては何になるのだろうか?
時代、意識、記憶はそのままに同じ時代で肉体だけ若返るのだからタイムリープとも違う。入れ替わる相手が「自分自身」のとりかへばや物語にタイムリープをエッセンスとして加えたと解釈すれば良いだろうか。

とはいうものの…細かい理屈を捏ねるのが無駄に思えるほど結構安直に若返ってしまうので拍子抜けしてしまいそうになるが、実はあのシーンも「自分の事」を二の次にして生きてきた主人公が自分と向き合う瞬間であり、マルスンの内面の変化とともに物語が転じて行く構成の巧さに唸ってしまった。

中身はそのまま「口の悪い70歳の老人」なれど見た目が「20歳の女性」になると周りの反応はどう変わるか?

おそらくこの映画のテーマは女性を球技のボールに例えた秀逸なオープニングに続き息子で大学教授のヒョンチョルが講義で板書していた「ageism/エイジズム」であり「Lookism/ルッキズム」なのだろうと考えると存外重いテーマの映画であり批評性も持ちあ合わせているはずなのだが、それを説教臭く描かこうとはせずにコメディーに落とし込んだのは見事という他はなく、だからこそラストシークエンスの主人公の決断があんなにも心に響いてくるのだろうなと感じた。

なんといっても若かりし主人公を演じたシム・ウンギョンの瑞々しさや息の止まるような透明感、百面相のようにコロコロと変わる表情、圧倒的な歌唱力、されど後ろ姿は完全に「70歳の老人」な演技に釘付けにされたが、「お嬢様を守り通す」という愛の形を貫くマルスンの元奉公人で男やもめのパク氏を演じたパク・イナンの純朴さ、「ageism/エイジズム」の研究を生業としながらも自らがそれらに陥っていたことに絶望する息子ヒョンチョルを演じたソン・ドンイルの「とんびから生まれた鷹演技」の的確さ、をはじめとするアンサンブルキャストもみな素晴らしく「老人が若返る」という完全なるファンタジーに十分な説得力を持たせていたように思う。

「ageism/エイジズム」「Lookism/ルッキズム」というフィルターを取り除いた瞬間から登場人物それぞれの人生に光があたりだし多層的に「生の喜び」「生の目標」を奏でていく脚本は黒澤明の「生きる」にも似たダイナミズムがあり見る者の魂を打ち震わせる真摯さがあった。

やはり映画は脚本が大事なのだということを再認識した作品でした。韓国映画はバランスが良いですね。もっとたくさん見よう。
ささきたかひろ

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