スローターハウス154

グラディエーターのスローターハウス154のレビュー・感想・評価

グラディエーター(2000年製作の映画)
4.0

「家族こそ私の生きる力、他は虚しい塵と空気」

類い稀な戦闘の才覚を持ちながらもマキシマスはなぜ権力に固執しなかったのかを考える。
おそらく若かりし頃は武勲をあげるのが楽しくてブイブイ云わせてたろうし、ついでに美しいルッシラに愛されるし、これはワンチャン皇帝になれるんでは...⁈と夢を抱いたことがあったのかも。しかし自分よりも強い?男にルッシラが乗り替えたことが深い痛手となり、その華やかな権力の夢から目が醒めたのかもしれない。
その後に出会った妻のおかげで、穏やかな暮らしこそがこの世の唯一の拠り所だと悟り、家族を守ることを自分の務めとしてきたのだろう...と予想。

権力を夢見ていた頃は戦いやその成果が楽しくて仕方がなかったのかもしれないが、本当の愛を知ったからこそ、自分の仕事に対する虚しさに気付く...
自分が本当に望むものと、周りが自分に望むものが噛み合わない人生というのはつらいものだ。
穏やかな愛が欲しいだけなのに、それと意に反するような闘いの才覚と、酔いしれるほどの歓声。矛盾の中で生きるということについて考えさせられる。

コモドゥスの身の上もつらいものだ。両親の愛に飢えた子供が、飢えたまま大きくなってしまった。インテリジェンスな父親は、早めに我が子を見切ってしまったのではないか。我が子を認めて励ます前に、より優れた者との比較の中で育ててしまったのだろう。人間不信を募らせたコモドゥスは他者に自然な敬意を抱くことができない。唯一信頼できる肉親の姉にすべての愛を求めてしまう。
愛すべき存在(妻子)がいてそして誰からも愛される才能を持つマキシマスのことが、自分とは違って何もかも持っている人物に感じられたんだろうし、ほんとにめちゃくちゃムカつく&大嫌いなのも無理はないな。。

人にはそれぞれ輝ける場というものがあると思うが、それにはまず自分自身の良し悪しというものをよく理解していなくてはならないんだなと思う。そのためには健全な自己肯定感がいるし、それを育むためには愛し愛された経験が不可欠であると思う。
そうして各々が鍛え上げてきた自己を何の、誰のために捧げるか。
敬意は強いるものではなく自然と湧き上がるもの。言葉ではなく説得力のある行動がいかに信頼を勝ち得るのかみたいなことも考えました。