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ピクニック at ハンギング・ロック 4Kレストア版のRenのレビュー・感想・評価

3.5
ずっと観たかった映画をスクリーンで観られた。ふしぎの国が映らない、ふしぎの国のアリス達の寓話。

1900年ある女学校。ハンギング・ロックと呼ばれる岩場でのピクニックの最中に計4名が消息不明となった。そんな彼女たちと彼女たちを取り巻く人々のドラマ。
SFでもミステリでもなく、正体の分からない力を前に、個人の心情ドラマにシフトしていく純文学のような語り口が印象的な作品だった。

何を差し置いても映像に見惚れる。白いドレスとクラシカルな校舎に美少女たちが映える眼福な美しさと、壁のように怪物のように険しくそびえる岩山のコントラスト。パキッと作り込むと『ミッドサマー』になってしまうが、原色を排除し淡く浮遊感のある画作りに徹したことで、夢の中のような耽美的な映像を実現している。

失踪事件そのものの真相は重要ではなく、ハンギング・ロックの存在は周囲の人間の心情を映すための象徴に徹している。ミステリを期待する作品ではないが、こういうSF・ファンタジーはごまんとある(今で言うと『滅相も無い』という深夜ドラマ)。

ドレスに体を絞められ、規律に絞められ、宿舎に身ごと軟禁(聞こえは悪いけど敢えてこう書く)されている少女たち。荘厳で畏れの対象である謎に満ちた岩山に惹かれ、その正体に少しでも触れるために小さな冒険に踏み出すことで、潜在意識下にあった自由への渇望を満たそうとしたことは想像に難くない。ウエストを締め付けるコルセットを束縛の象徴とするのは鉄板。靴下を脱いで裸足になる行為も(主に性的な)解放の象徴。

抑圧の下に暮らす少年少女にとっては、かの神隠しは悲しく恐ろしい事件であることは間違いないとして、反面で羨望や憧れも含んでいたのではないか。体裁上 前者の振る舞いをしていた彼女たちが、後者からくる興味を隠さなくなった後半のあるシーンがホラーだ。

だからとても危うさを含んだ映画だと思う。言葉はとても選ぶが、観る者の希死念慮の助長、もっと言えば自死幇助のほんの一端を担いかねない。しかもそれを耽美的に、夢のような浮遊感で観る者を包み込むように描いている。
それが悪だとはもちろん思わないし、作品の低評価に寄与することは絶対にない。芸術とはそういうものだ。甘い毒、という形容がとても似合う。

青年期・思春期の輪郭の無い不安や脆さにとどめの優しい一突きを加えて壊してしまうような、なんとも忘れ難い傑作と言いたい。硝子細工が割れるよう、とも思ったが、なるほどこの世界でも硝子が割れる瞬間にクライマックスが訪れる。

その他、
○ 靴下を脱ぐ行為から18世紀『ぶらんこの絶好のチャンス』という絵画を思い出した。ブランコからミュールを放り投げてベッドインOKの意を示す女性と彼女のスカートを覗き込む男性の自由恋愛を切り取った作品。『ピクニックatハンギング・ロック』からもそういえばどこか絵画的な官能を感じる。
○ ミランダ役のアン・ルイーズ・ランバート、映画史上に残る美しさ。不在の中心としての存在感がありすぎる。
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