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異人たちのRenのレビュー・感想・評価

異人たち(2023年製作の映画)
3.0
『異人たちとの夏』と同じなのは容器だけ、内容物は全取っ替えレベルの別物になっている。そこまで注目していた作品ではなかったけど、集中して一気見できる劇場鑑賞で正解だった。原作未読。

枠組みだけ拝借し、他の要素はアンドリュー・ヘイの至極パーソナルな感覚に引き寄せて根底のテーマごと変えているため、脚色以上の改変が為されている。じゃあなぜ山田太一の原作を借用したのか?という議論はきちんと交わされる必要はあると思う。

主人公とマンションの住民がゲイであることがまず最大の変更点であり、そこに付随して物語もガラリと変容している。舞台が現代のロンドンであることも含めて、設定としての変更点はとても分かりやすい。以下、物語のトーンやメッセージとしての変更点を個人の感覚でまとめる。

第一に、『異人たちとの夏』と比較し、伝える・対話することが前景化した。浅草の空気感、人情とか粋みたいな、雰囲気で汲み取る要素を削り、目の前の相手を見つめて言葉を紡ぐ対人コミュニケーションの比重が大きくなったように感じる。

それに付随して、第二に私とあなたの物語になっていた。過去に触れた主人公が、そのノスタルジーによって自分を変えていく「自分と自分の手の届く範囲の社会」の話が大林宣彦版だとしたら、今作は「自分は目の前の相手に何ができるかを模索するため」の話に思えた。

リメイクによって地に足が着いた物語になったのは、常に主人公がバーバル/ノンバーバルのコミュニケーションによって他者と接続し、お互いの存在を強く感じられるようになったからだろう。主人公がゲイであることをカミングアウトする場面に代表されるように、伝える/知るが意味を強く持つので、幻想的で浮ついた語り口の介入する余地がそもそもあまり無い。

人は孤独なのだという真理。でも自分に自分を理解してくれようと味方であり続けてくれた存在があったように、自分も誰かにとってそういう存在で居るべきだと心の底から思うためのメッセージが込められていると推測する。地上から遠目で見れば綺麗な星空も、その星一つひとつは遠く孤独で、だからこそ人は寄り添って生きたいという価値観。大林版よりも狭く深い場所へ帰着する。
性的マイノリティの物語として誠実に紡がれたようなお話が、人の温もりというやや普遍的な場所に取り込まれたのは少し気になる。しかし監督自身も同じ性的指向の方なので、どこを目指したかったのかはきちんと調べてみる必要がある。

考えれば考えるほど、山田太一の『異人たちの夏』を下地にする必要性に懐疑的になる。本当にこの骨組みを借用しなければできない話だったのか?なぜここまで改変しているのに『異人たちの夏』を持ってきたかったのか?やりたいことは十二分に分かるのに、企画の出発点がよく分からないという不思議なリメイクだった。
エンドロールのFrankie Goes to Hollywood『The Power of Love』。全てはこの曲のための作品だと言っても過言ではない。

その他、
○ 『aftersun/アフターサン』でも思ったが、表面の若干の軽率そうな雰囲気と、決して拭えない寂しさ哀しさを体現する存在としてポール・メスカルが似合いすぎている。
○ 両親の家は、監督アンドリュー・ヘイがかつて本当に過ごした家だそう。パーソナルな感覚を呼び覚ますためのクリエイターとしてのこだわりを感じる。
○ 今再現したら絶対にチープでダサくなる、大林版の終盤の映像。上手くやっていた。
○ 邦題はもう少しやりようがあったはず。"All of Us" の部分が大切ではないのか?
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