Jun潤

52ヘルツのクジラたちのJun潤のレビュー・感想・評価

52ヘルツのクジラたち(2024年製作の映画)
3.6
2024.03.21

杉咲花×志尊淳。
こちらも予告から気になっていたのになかなか機会が合わず、今回ようやく鑑賞です。
予告編的には同じく杉咲花主演の『市子』と似ているような感じがするけど、ストレートなメッセージ性は今作の方がありそう。

東京から田舎にある海が一望できる一軒家に越してきた貴瑚。
ある日貴瑚は海辺で髪の長い少年と出会う。
言葉も話せず、体中に傷がある少年のことを見過ごせなかった貴瑚は彼の母親であるという女性を探すが、彼のことを「ムシ」呼ばわりされたことに憤り、保護することにした。
貴瑚は、過去に自分を救い出してくれた岡田安吾のこと、人生を共に歩むと思っていた新名主税のこと、そして彼らとの別れを追想し、少年の境遇と自分を重ね合わせる。

ふーん、なるほどなるほど、こういう作品ね。
悲惨な境遇に遭っている少年少女を助けようとする話はもはや王道の一つとなりつつありますが、そのような話で重要となる主人公側の背景や行動原理を、今作では丁寧に丁寧に描いていました。
他のクジラに届くことのない歌を叫び続ける『52ヘルツのクジラ』のような、周りの誰かに気付かれにくい声なき声、それは誰もが持つ可能性もあり、叫んでいる自分自身も、気付くことができる他の声もあれば、気付けない声だってある。
聞こえる範囲、手の届く範囲、自分が動くことができる範囲の中で、助けたい人を助けることの難しさと重要性について描いていた作品。

個人的に今作で気になったのはキャラ相関と性善説、男たちの存在ですかね。
かつて、引っ越してきた途端に周囲の男たちを魅了したという器量のいい貴瑚のお婆ちゃんから、娘を深く思いながらも夫の手前とはいえ暴力を上げてしまう母が生まれるのか、父方の祖母かもしれませんが。
血縁で繋がっていながら、孫にも深い愛情を注ぐことができる少年の祖母と、子供を邪魔者扱いするどころか捨ててしまうような琴美の違いはどこにあるのか。
決して歪んでいるとは言い難い母親から、その心象の良さをそのまま受け継いだような安吾でも、自分の中にある歪みや求める未来の重圧に耐えられないことへの心痛。
そして最後には血の繋がりも超えた家族の形でもって締めてくるのだから、家族とは「呪い」でもあり、人生を縛る「檻」でもあり、「救い」でもあると考えさせてくれました。

安吾をはじめとして、貴瑚の友人である美晴、親としての愛情を捨てきれずにいた貴瑚の母など、善の性質を持ったキャラが多く登場していたからこそ、主税のクズ男っぷりが際立ってしまっていました。
予告編では気付きませんでしたが、デートに高級なお店ばかりを選んでいたり半ば強引に同棲し始めたりと、徐々に出るわ出るわクズ男の片鱗。
そしてついには嫉妬、暴力、束縛というクズ男の三種の神器。
主税との関係の先にあるのが、『光る君へ』でも描かれたばかりの愛人としての偽物のような幸せでしかないというのがまた、平安時代かよ、「そういう時代」が昔過ぎんでしょ。

安吾についての事実が明らかになると、貴瑚の幸せを叶えるのではなく祈っているだけという言動や、偏執にも見える主税に対する行動にあるクズ男っぷりにも腹落ちしますね。
どこまでいっても女の身体でしかなく、貴瑚との間に血の繋がった子供も望めない、普通の幸せを叶えることができないと身を引いたのに、貴瑚と一緒にいるのがずっと二股関係を続けていて愛人としての普通ではない幸せしか叶えることのできない主税だと思うと、あのような行動の理由も、結末に至るまでの葛藤も垣間見えてきますね。

女性時代の安吾がそのまんま志尊淳でさすがに笑いましたわ。
Jun潤

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