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TAR/ターのhikarouchのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.1
噛めば噛むほどに味が出る。
長い映画だけど、映像も演技も、提示される問題も興味深いので、気づいたらワケわからないラストで映画が終わってた。(ワケは後から理解した。)

まあみんな言うことだと思うけど、ケイト・ブランシェットは半端ないわ。全身から溢れ出る「圧」で作品世界を支配してしまう俳優。今回の役どころとも完全にシンクロ。そんな彼女が今作のために再びピアノを学び直し、ドイツ語を習得し、オーケストラの指揮方法も学び、鬼に金棒状態。無敵。

その彼女が、自らの悪事により、身を滅ぼしていく。そのスリル。脆さ。呆気なさ。

この映画が描いているのは、力を持つものによるハラスメントと、その反応としてのキャンセルカルチャーではあるが、そこに介在する判別の怪しさと難しさも示している。
とにかく徹底して、「真実」や「基準」を敢えて見せない。ターが学生に対して行った強烈な指導は、間違いなく彼を傷つけたが、言っている内容自体はそう間違っていなかったようにも思える。彼女の元恋人は彼女のとった行動によって自ら死を選んだが、彼女にどこまで責任があったのか。現実世界での判断って、そういう情報不十分な状況でくだされているのよね。「こんな状況で、あなたはどう判断するの?」と問われているような気分になる。

それから、パワーを持ったものが怪物になってしまうケースの多いことよ。ワインスタイン、ジャニー喜多川、そして今週話題になっているダウンタウン松本。パワーがあるからこそ、とんでもないことが出来てしまう。そしてそのパワーを失うことを異常に恐れる。パワーを得ることが、人間の汚い部分を増幅させるというのは、もはや古典的なパターンだ。

そして、ターが失脚した後の席に座ったのは、ターの仕事を盗むような小悪党だった。悪が権力を失っても、次にその権力を手にするのはまた別の悪、というのが現実世界への皮肉として強烈で笑ってしまう。

学生とのやり取りの中で、「バッハに妻や子どもがたくさんいたことは、彼の作品を否定する理由にはならない」というくだりがある。これも「芸術作品そのものの価値」と「それを生み出した人間の素行」とは結びつけるべきか否かという問題が絡んでくる。「素行」と言ってもピンキリであり、「不倫した」「いじめに加担した」「生活保護を不正受給した」「禁止薬物を使用した」「人を殺した」どれはセーフでどれはアウト?その基準は法律なのか、被害者の有無なのか、作品制作との繋がりなのか。また「それ」をやる前の作品ならOKなのか、過去に遡って全作品がダメなのか。絶対的な基準を見出すのは難しい。

このあたりの問題を提示しながら、どのような結論も示さず、それでいて話としてめちゃくちゃに面白い。
なかなかにエゲツナイ映画ですわ。
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