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正欲のhikarouchのレビュー・感想・評価

正欲(2023年製作の映画)
4.0
原作未読。見ている間中ずっと自分自身の思想や経験に照らして思考させられ続けるので、その時点でもう作品として完全に成功しているよね。

どういう方向に向かうのかなかなか見えてこない話で、それこそがこの作品をエンタメたらしめているので、ぼくなりの結論めいたことは後ろの方で書く。(から、この作品を見たいと思ってる人は読ムベカラズ。)

あの大学生の女の子を演じた東野絢香さんの演技すさまじかったな。もうそういう子にしか見えない。フードトラックでのやり取りのところ、「うーわ」って声出てしまった。

イオンの売り場でガッキーにウザ絡みしてくる女が、ガッキーとどういう繋がりなんだろうと思ってみていると、まさかの結論にひっくり返りそうになった。様々な課題を抱えた人間が出てくる本作にあって、実は彼女が一番の重症なのでは。

自分としては、置かれた状況も、物事に対する態度も、どうしても稲垣吾郎が演じる検事の目線で世界を見てしまう。というか、そういう目線でいることをこの作品に突きつけられる。
彼にとって非常に居心地の悪い出来事としての、子どもの不登校、妻からの責めるような目線、妻の独断専行、信頼の置けない第三者による子どものYoutuber化など、明日は我が身のように思えて震えた。

この作品は、磯村勇斗や新垣結衣や大学生のふたりの視点だけでなく、「普通の人」たる稲垣吾郎の視点が入っていることが決定的に重要であり、優れていたと思う。それによって、ほぼすべての鑑賞者がどこかに自身の視点を置きながら作品世界に入っていけるようになっていた。

本作での吾郎はほぼヴィランとして描かれているけれど、少しだけ似た立場の自分からすると、最低限の分別は十分に持ち合わせている人間に見えてしまった。だからこそ怖いのだけど。
仕事に疲れて家に帰れば、専業主婦の妻は食事の用意も部屋の片付けもせず、そのことを一顧だにしない様子で、子どものYoutubeのために風船を膨らましてくれと言ってくる。世の凡百の夫ならここで小言のひとつも言ってもおかしくないところで、彼は自らの感情と言葉をそっと胸にしまって、静かに妻に食事の用意を頼む。「それより、まず飯」という言い方はちょっとどうかと思うが、「あ、はい」と言って妻がやることはレトルトカレーを電子レンジに突っ込んでボタンを押すだけなんだから、まあおあいこという感じがする。

ただこの表面上は大きな問題のないような吾郎は、自身とは違う感じ方をする人間を(それが妻や子どもであっても)理解できないし、なんなら否定すらしてしまう。でもねえ、ぼくの中にもいるなあ、吾郎が。こういう、自分は「普通でまとも」と思っている吾郎やぼくのような人間が、そういう風に自身を捉えられない人のことを、無自覚に虐げて傷つけているだろうなあ。キツいね。

一方で、人と違う嗜好を持つ人とか、人と違う恐怖(フォビア)を持つ人とか、おれには分からーんって思ってしまうけど、まあ最悪分からなくても良いんだよね。そうであることを否定せず、受け入れてあげられればそれで良いと思う。「存在しちゃいけない感情なんてない」というセリフがあったけど、そうなんだよね。感情は変えられないし、変えられないものを否定されたら、その人はどうすればよいのかと。境界線は「感情」や「思想」ではなく、「行動」で引かれるべきなんだよね。

その意味で、良くない「行動」を起こしてしまった人間によって、最後は全てがめちゃくちゃになってしまうわけだけど。その人間が持っていた嗜好も、行動に起こしてしまうのはもちろん論外だが、そういう嗜好を持っている事自体は変えられないし、本人はさぞ辛いんだろうなと、そこまで思ってしまった。

個人的には、そういうところまで思考をストレッチさせられるこの話はやっぱりすごいと思う。原作もだろうが、2時間ちょいでこれをやり切った脚本もすごいわ。

「人がそのままの自分で、誰からも否定されずに生きていくことのどこに問題があるの?」という至極当たり前のことをあらためて真剣に考えてみる、良い機会になりました。原作も読んでみたい。
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