炭酸煎餅

オッペンハイマーの炭酸煎餅のレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.9
実は公開初日に観てたんですが今更ながら。
公開前から色々な意味で話題になってたこともあって、ノーランと言えば凝った仕掛けのエンタテイメント路線のイメージだし(「ダンケルク」という歴史映画作品はありますが)、どういう感じになるんだろう?と思って観に行ったんですが、なんというかすごく真摯に撮られた歴史・伝記映画だなと感じました。
映画で描かれるのは第二次世界大戦以前から、戦後での東西冷戦とアメリカで"赤狩り"が厳しく行われていた「背景情報」の多い時代で、劇中で解説的な描写が入るわけでも「ドラマらしいドラマ」で描かれるわけでもないためにちょっと分かりにくい部類の映画になっているとは思いますが、同時に前提知識必須の一見さんお断りという訳でもないとも感じられましたので、「詳しくないから」とそれほど構えたり敬遠しなくても大丈夫なんじゃないかなと思えました。
(そもそも本作はかなり登場人物の多い映画で、例えばオッペンハイマーの同僚であるロス・アラモス研究所のメンバーなども結構人数はいるんですが、それぞれの名前やプロフィールについてまでは知らなくても観ていればざっくり把握は出来ましたので別に関連書籍を何冊も押さえていくような必要は無いんじゃないかなという感じでした)

ただ、戦前から続くカラーパートがオッペンハイマーサイド、戦後から始まるモノクロパートがもう一方のメインキャラクターであるルイス・ストローズ米原子力委員会委員長サイドという2パート構成で、ノーラン流という事なのかこの両パートを行ったり来たりするためにそうと知らずに観ているとそういう構成である事とシーン毎の「今がいつ」なのかがかなり把握しにくいのは実際ちょっと不親切なように思えましたので、何箇所かで年・月くらいは挿入したほうが良かったんじゃないかなという気はするんですが。
ちなみに私は歴史の流れの方はともかく、このストローズ委員長のことは全然知らなかった事もあって時系列とモノクロパートの方の話を把握するのにちょっと時間がかかってしまいました……(劇中でも言われていたように、公聴会で指名非承認となるのはほとんど例が無く、相当な「事件」であるらしいのでアメリカでは有名人なのかもしれませんが)。

そして公開前には色々取り沙汰されていた内容ですが、オッペンハイマーを「悲劇の人」や純粋な人物として描写するのではなく、あくまで一人の人間として様々に変化する心情や倫理的人格的に「美しくない」面も余さず描く事で、簡単に「こういう人」と一口では語りきれない、複雑な人物像を描き出していたように思います。(単なる印象なんですが、多分見る人によって色々と毀誉褒貶の激しい人なんだろうな、とも……)
最近観た「落下の解剖学」でも人や物事には様々な側面があって、ある時ある面では「本当にそう」だった事が違う局面では「そう」とはならない、というような描写がされていましたが、本作も物語的に分かりやすく切り取ったり「シナリオ」としての結論を付けたりはせずに「複雑なことを複雑なまま」描くことで、観た者に対して深く問いかけるような作品になっていたのではないでしょうか。

原爆被害の直接的な描写が無い事を指摘する声が日本から上がるのは分かるんですが、本作はあくまで「オッペンハイマーの伝記」であって、映画全体としても「『原爆の使用』という鍵を使ってしまった事で『核の時代』というパンドラの箱を開けてしまった人類」という描き方なので(実際、劇中でも描写がありましたが「アメリカが一番早かった」というだけで当時核兵器の研究は各国で進められていたわけですしね……映画での描写は無かったですが日本でですら)、私は「視点キャラクターが直接現場で見聞きしたわけではない出来事の描写は伝聞で留める」という選択はありだと思いました。(大河ドラマ視聴者なら「真田丸のあれ」で通じるやつですよねw)

また私は長らく、アメリカでは「原爆投下により戦いの終結が早まり日本側まで含めた多くの命を救った」というのが主流で"常識的"な捉え方だ、と聞いていたので、実際に観た後、これが本国で大ヒットしてアカデミーも多部門で獲っている事と合わせて「アメリカでもこういう描き方をしていいんだ」という驚きがありました。(実際のところ、アメリカでも「祖父母の代でも戦後生まれ」という世代が増えているのに合わせて大分客観的な見方をする人が増えてきているそうなんですが)
それだけに一方で、「バービー」米広報からの延焼があったとはいえ、どうして日本の配給会社があそこまで及び腰になったのかは疑問が残りましたが……。

音響の迫力が効果的な作品である事もあり、出来れば劇場での鑑賞をお勧めしたい作品だと思いました。
炭酸煎餅

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