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ボーはおそれているのRenのレビュー・感想・評価

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
3.5
ユダヤ人男性が実家に帰る、史上最悪の『ふしぎの国のアリス』。アリ・アスター、長編3作目でもうこのフェーズに突入したのかと感嘆せずにはいられず(ジョーダン・ピールのキャリアととても似ている)、有象無象の映画業界で完全に地位を築いたと言っていい。

全編から迸る「ホラーにしなくても分かるよね?僕がアリ・アスターだよ」感。
語り草となっている『へレディタリー/継承』『ミッドサマー』はまだ余裕で「ホラー」としてパッケージされていたし、観る側も「まずはホラーとして怖がればいいのだ」とレールが敷かれている安心感(不安感)があった。どちらもヤバい映画だが、後者は特に物語から独立してミーム化するようなキャッチーさがあって、今思えばとても親切設計だったのだと思う。

家庭の地獄とゴシックホラーが並走する『へレディタリー ~』、失恋セラピーと民間伝承ホラーが並走する『ミッドサマー』のように「ジャンル」を自分語りの装置として使っていたアリ・アスターが、その装置を取っ払ったらどうなるか、その答えが今作にはある。
我々は3時間、ひたすらに「血縁、ひいては母親=支配者の/女性 という怪物」に追いかけ回されその道中でいたぶられ血を流すユダヤ人男性を見届ける羽目になる。そこには、裸の女性に囲まれて性交渉!熊ちゃんに入れられて燃やされちゃう!(キャッキャ といった類の狂いは無い。ただ主人公が自分じゃなくて良かったと安堵し、もし自分だったらと戦慄する類の狂い。
一応ブラックコメディだが、そんなジャンルはあって無いようなものだろう(勿論ある。ジャンルレスなものに対峙したとき便宜上使われるのが "(ブラック)コメディ" であるという例に対しての話)。ジャンルが無くなったということは、監督がより語りたい本質の部分を強めたと言い替えることもできる。

不愉快大喜利の手数が多彩なので、頓珍漢で難解で散漫な映画と予想する人も少なくないかもしれない。しかしとても明確な軸がある。監督が何度も語っている「家族や出自という逃れられない呪縛」から逃げるように、しかしその呪縛を目指すというロードムービーだ。
どれだけ物理的に傷付こうとも死んだ親元を目指さねばならないボー。ユダヤ教では死後当日の埋葬が原則らしい。肉親が死んでも、寧ろ肉親が居なくなってこそ「血」の呪いが降り掛かる。『へレディタリー ~』の交通事故、『ミッドサマー』の一家心中の延長線上。
母の癒着の元で育ったボーは、帰りたくないでも帰らねばならないと、感情と慣習の板挟みで疲弊していくのだ。ユダヤにルーツのない自分のような人間でもしんどくなるのはここに共感するからだと思う。母親の「正しいことをしなさい」という忠告。自分はしたくないけど正しいならしないといけない、これは正しいはずだけどあなたはどう思うか、ぐるぐると袋小路に入る精神世界の映像化。それが今作だ。

ここでフィナーレかと思ってからが1時間続く。道中も地獄なら終着点も地獄だった。ここで、ボーの母親への畏れと、切っても切れない親子の呪縛が予想を超える深刻さであったことに気付かされる。どうしたって、母を畏れて生きてきたが故の自身の緊縛を吐き出すために撮ったとしか思えない。社会批評よりもパーソナルなセラピーに集約するからこそここまで濃ゆくなれる。と思ったら、監督は完成試写会に普通に母親を招待していたらしくて彼のことが何も分からなくなった。

ラスト、先述した板挟みの「内省」と「自分の行動を強いる世界」への叫びをこれでもかと吐き出す。演出はやややり過ぎでそこまで好みでは無かったが、そのまま流れ込むエンドロールは観客に席を立たせる余裕すら生ませずに素晴らしかった。
個人的には、ボーがひたすら尊厳を踏み躙られる冒頭数十分と、ある真実が提示されてからの終盤の居心地悪さが好きだった。『オオカミの家』監督を招いて製作されたアニメーションパートの中弛みは流石に看過できない。
総括、やりたいことの意図が分かるという点も加味してアリ・アスター作品では一番好き。再見の可能性はこれから決める。

その他、
○ 目を凝らさないと何も見えない暗闇撮影もアリ・アスターの特長だよね....。夜から昼、暗から明へのジャンプカットも健在。
○ 古代ユダヤ教では、自己の本質を奪われるとして偶像崇拝が否定されていた。壁一面にアイドル(=偶像)ポスターの貼られたティーンの部屋は、ボーが最初に迷い込む異空間として機能的だ。
○ 物語の根幹のトリック(?)は超古典的で、この辺りはジャンルを下地にしていると言えるかな。
○ 自分の人生を自分でコントロールできないことが怖いと語る監督。今作のボーそのものだった。『ミッドサマー』では冒頭の壁画で今後の展開が暗示されていたり、監督は、この人たちはこういう運命にあるのかと知りながら見届けるイヤさの虜なのだと邪推する。
○ 単純に、部屋の鍵が盗まれて不安に苛まれる監督初期作『Beau』からここまで物語を拡張させられるのがヤバい。
○『ジョーカー』のガリガリホアフェニから一転、中年太りホアフェニが拝める。体調管理大丈夫だったかな。
○ 一瞬だけど『A Thousand Miles』が流れて歓喜。
○ 自身が黒人であることに向き合いながら、ジャンル映画と折り合いをつけてラディカルな作品を撮り続けるジョーダン・ピール。彼も血縁の作品の人だと思うので、やっぱり少し似ている。
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