うえびん

さよなら、ベルリン またはファビアンの選択についてのうえびんのレビュー・感想・評価

3.6
祖国愛

2021年 ドイツ作品

エーリッヒ・ケストナー(1899-1974)
『飛ぶ教室』などの児童文学で有名な詩人・作家の成人向け文学が原作。

1931年のベルリンが舞台。第一次世界大戦で敗戦国となったドイツは、1919年のベルサイユ条約にて戦勝国(米国、英国、フランス、同盟国)からひじょうに厳しい制裁を課されている。当時のドイツを想像し直してみた。

『教科書に書けないグローバリストの近現代史』(渡辺惣樹・茂木誠)


茂木)第一次世界大戦後のドイツは、連合国軍による占領こそ免れましたが、経済封鎖によって危機的な食糧不足に陥り、首都ではスパルタクス団(のちのドイツ共産党)が武装蜂起を起こしていました。混乱の中で皇帝ヴィルヘルム二世が逃亡し、臨時政府は屈辱的なヴェルサイユ条約に調印せざるをえなかった。


戦争・インフレ・失業…
本作では、このような世界情勢の中で不利な立場を強いられたドイツに暮らす市民の退廃した生活が、これでもかこれでもかと執拗に描かれる。

「舞台の上はサディスト、下は変人」
「ベルリンはイカれた人間ばかり。いたるところに没落がある。没落のあとには愚鈍が来る。」

生活や文化の退廃のなか、文学で身を立てようともがき苦しむファビアン。女優を目指すコルネリア。フラッシュバック、デジャブ、シンクロニシティ…、ファビアンの記憶や精神の倒錯をあらわすような映像が面白い。

物語の軸としては、男女の愛、友情、親子の愛など、人と人との交流が中心に描かれているけれど、その背後に原作者ケストナーの生きた時代のドイツという国の病理が感じられて興味深い。


茂木)モーゲンソー・プランは、ルーズヴェルト政権の財務長官ヘンリー・モーゲンソーがつくった、敗戦後のドイツの処理プランです。ドイツを永久に二流国家に貶める。食料も与えない。ドイツを二度と復活させない。ヴェルサイユ条約の二番煎じどころか、それ以上にひどい扱いをしようとしました。(中略)

渡辺)モーゲンソー・プラン時代のドイツが味わった恐怖は、大変なものでしょう。900万人といったら、ものすごい数です。今のドイツを見て私が思うのは、国全体がストックホルム症候群にかかっているのではないか、ということです。PTSD(心的外傷後ストレス障害)の一種で、犯罪被害者が加害者に対して、親近感を抱くのです。私はヒトラーにも”五分近くの理”があったと思っています。ドイツ国民にとってヒトラーは、ドイツのためにかなりよくやってくれた存在です。ところがストックホルム症候群により「すべてヒトラーが悪かった」「彼を排除した連合国に感謝する」とすることで、心の安寧を得ているのです。このことが今のドイツにおける、とんでもないリベラル勢力の跋扈につながっているように思います。この対談内容でさえもドイツでは発禁ものでしょう。少なくとも今日のドイツでは、あの時代のことを自由に議論できる空気はありません。


ヒトラーが率いた国民社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)の全体主義やユダヤ人虐殺は決して肯定できないけれど、ヒトラーが台頭せざるを得なかった国としてのドイツの理由や時代的背景、当時の国民の生活や世界の勢力図をもっと知りたくなった。

ケストナーは、自由主義・民主主義を擁護しファシズムを非難していたために、ナチスが政権を取ると、政府によって詩・小説、ついで児童文学の執筆を禁じられ、著書は焚書の対象となった。父はユダヤ人の血を引いていたが「自分はドイツ人である」という誇りから、亡命を拒み続けて偽名で脚本などを書き続け、スイスの出版社から出版したという。

「生きるというのは最も面白い仕事だ。」

激動の時代を生き抜いたケストナーの作品全体を貫いていたテーゼは、祖国ドイツへの揺れ動く思い、“愛”だったのかもしれない。
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