名倉

ミッドナイトスワンの名倉のレビュー・感想・評価

ミッドナイトスワン(2020年製作の映画)
4.2

トランスジェンダーの方の苦しみや葛藤を痛いほど感じる作品でした。ジェンダーに対して理解も知名度も深まってきたこの時世でも、遥かに難しく物議を醸すテーマだと感じます。最近のりゅうちぇるさんの自殺の件を思い出し胸が苦しくなりました。



面接や手続き、学校、警察の対応で腫れ物の様な扱いを受けたり、随所に垣間見える周囲からの痛い視線、これが現状の世間だと痛感する場面が多々あります。しかしこの映画には悪役といった悪役は存在せず、どのキャラにも悪い部分を誇張した様な演出はありません。誰を取っても共感出来る部分があったり、憎めない人達ばかりで、よりリアリティを感じます。



今作はとにかく草彅剛さんと服部樹咲さんの演技が遺憾無く発揮されており、特に草彅さんの性の問題を抱えて葛藤する凪沙の演技は圧巻でした。アカデミー賞主演男優賞を受賞するのも納得です。



この映画において重要な存在であるりんの中盤のショッキングなシーンは思わず声を上げてしまいました。ショッキングであると同時になんとも優雅でオシャレな演出で監督の手腕が光っていたと感じます。



実は一果に恋をしていたりんの設定というのも、トランスジェンダーの問題を考えるきっかけとしてとても良く出来ていたと思います。等身大の彼女達に感情移入し、同性愛の問題をより身近に感じるからです。そしてりんの一果に対する最初の親切心もりんの冷めた性格を考えると少し違和感があったので、その伏線を回収された様な感覚もありスッキリしました。



凪沙と一果が公園で踊りの練習中に「白鳥の湖?オデットだね」と入ってくる老人がいます。これはこの映画の題材を教えてくれる存在です。



凪沙が夜のお店で踊っていた曲も一果が練習している曲も「白鳥の湖」です。この曲のストーリーは、主人公オデットが悪魔の呪いで白鳥にされ、呪いを解く為に、まだ誰も愛したことのない男性に愛を誓ってもらうというお話です。この白鳥の呪いは夜の間だけ人間に戻れるのですが、それが凪沙の生活サイクルと重なります。凪沙は夜の間だけお店の中でありのままの姿でいられるからです。



そしてこの作品は最後、オデットと王子が解けない呪いを前に、2人で湖に身を投げ永遠の愛を誓うという悲しい終わり方をします。ここも今作のラストのシーンと重なります。つまりこれは、現代版「白鳥の湖」の様な感覚で観ればより楽しむことのできる作品なんだと思います。



最後に一果は、翼を広げ世界へ羽ばたく白鳥になり美しくステージで踊ります。オデットである凪沙は湖で息絶えてしまいますが、凪沙の意志を継いだ一果は、生きて、あのステージで踊っている。2人で繋いだあの終わり方は今作における素晴らしいハッピーエンドの様に思いました。



実は原作の小説だと、一果が海に入った所で物語はエンディングを迎えます。やはり「白鳥の湖」が王子とオデットが身投げをして終わるので、小説の先を考えるなら、一果も自殺をしてしまった可能性も十分考えられます。ただそれだとあまりにラストが悲し過ぎるので、幻想であったとしても映画の様に凪沙の意志を未来へ繋ぐ一果の成長した姿として終わりらせてくれたのは個人的には良かったです。



徹夜で観終わって感想を書き殴っているので上手くまとめられませんが、自分のベストに入るくらい最高な映画でした。感無量!
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