merrydeer

WAVES/ウェイブスのmerrydeerのレビュー・感想・評価

WAVES/ウェイブス(2019年製作の映画)
3.7
厳格な父親、一見良好な関係を築いている継母、歳の近い妹を持ち、レスリングに励みつつ恋人との時間も楽しむ高校生タイラーを主軸に物語はスタートする。
一体何を見せつけられているんだ、と思えるほどに順風満帆に見えるタイラーの生活だが、深刻な肩の負傷が発覚すると、華やかな生活に陰りが訪れ、激しいネガティブな展開と共に物語の核心へと進んでいく。

トレイ・エドワード・シュルツ監督は本編で使用する楽曲のプレイリストを組んだ後に、楽曲に付随させる様な形で脚本の作成に着手したとの事。
日常のあらゆる場面で無意識に状況に合った脳内BGMを再生したり、音楽を聴いていて色々な情景が思い浮かんだり、と言った恐らく誰しもが一度は経験があるであろう行いをプレイリストまで組んで、それで一本映画まで撮ってしまう大胆さとそこにしっかり実績まで伴わせてしまう手腕に早速心打たれます。

用意された楽曲は、animal collective、Tame Impala、Radioheadと言ったロック勢からFrank Ocean、H.E.R.のR&B系、Kendrick Lamar、Kanye West、Chance the Rapper等ヒップホップ畠、果てはFuck Buttonsのノイズミュージックまで実に多様ではありつつ、いわゆるテン年代付近かつ軒並みメディア評価の高い発表曲が中心のため、その頃から洋楽の情報源がpitchforkを始めとした海外メディアに頼りきりな自分には使用楽曲のクレジットを眺めてるだけでバイブスぶち上がりなラインナップ。
そしてオリジナルスコアは自分も大ファンで映画音楽においてもすっかり重鎮なTrent ReznorとAtticus Rossコンビという、その筋の洋楽ヲタを殺しにかかる布陣で逆に本編がオマケにならないか勝手に不安になってしまうほどの徹底っぷりです。笑

が、数々の名曲達と相変わらず秀逸なオリジナルスコアが、煌めくひと時をより鮮やかに彩る、衝動的な感情の昂りをより激しく打ち出す、不穏・不安な感情の起伏を煽る、悲しみに満ちた場面に美しさまでも宿らす、という具合に適材適所に配置され、素晴らしき映像×ドラマ×音楽の化学反応が起こっているのです。

そして、本編の中で個人的に印象的であった父と子が本心で感情を乱しながら語り合うシーンで無音と言う、音楽にこだわった作品だからこそ顕著なコントラストにも胸が締め付けられます。

また、タイラーの妹を演じたテイラー・ラッセルの抑えようとしても感情が溢れ出してしまう的なカットが顔のアップで撮られていたのですが、ほぼ表情だけで見せる名演は遭遇する度に個人的に強烈に役者魂を感じてしまい、今回もしっかり打ちのめされた心地です。

同監督は前作It Comes at Nightでも時に繊細、時に大胆な感情の起伏の表現を追求していた様に感じたのですが、前作はそのプロット故に息苦しさばかりが残ってしまいました。
しかし、本作は人と人との関係性や物事に希望を見出そうとする前向きな気持ちの崩壊だけでなく、再生まで描こうという気概が感じ取れ、それに呼応する名演の数々と美意識に溢れた映像とマッチングした音楽とが一丸となって観ているこちらの感情を揺さぶり、ポジティブな気持ちを心に残してくれた様に思います。
merrydeer

merrydeer