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朝が来るのhikarouchのレビュー・感想・評価

朝が来る(2020年製作の映画)
4.4
好きとか嫌いとかを超越して、もの凄い作品だった。深く刺さる要素が異常に多く、感情がぐちゃぐちゃになった。

作りものとは思えないドキュメンタリーのような描写と、フィクションでしかなし得ないストーリーテリングとが同居しているのが、強烈な破壊力となって襲いかかってくる。

ドキュメンタリー的な部分としては、特別養子縁組の説明会や、ベビーバトンの寮で暮らす女性たちなどの要所に、役者ではなく本物の当事者の人たちを起用することが大きな効果を生んでいる。最近のイーストウッドやクロエ・ジャオにも通じる手法だが、河瀬監督もこの技の使い手らしい。

一方でフィクションならではのストーリーテリングというのは、立場の異なるものたちの物語を両者の視点で語れることだ。子を望みながら子宝に恵まれない人々と、望まなかった子どもを授かった人々。当人達ですら知り得ないもうひとつの来し方行く末を見せつけられることで、それぞれの人生がどのような行いや思いの果てに交錯するにいたったのかが、血の繋がっていない子どもを求める人々にはどんな思いがあるのか、お腹を痛めて産んだ子を手放す人々にはどんな思いがあるのか、観客だけは知ることができる。

実際の我々の人生では、もうひとつの物語を知ることはできない。そうしたものを想像せず、目の前にいる相手の姿や振る舞いだけで相手のことをジャッジしようとすると、この映画の佐都子たちのように、(いやおそらくそれ以上に)判断を誤ることになる。相手の物語を想像しなさい。そんなことをこの映画に教えられたような気もする。

今回河瀬監督初体験だったが、「役積み」という手法など、撮影背景の話もめちゃくちゃに面白かった。色々と衝撃的だったが、なかでもビックリしたのは、ひかりの両親が、彼氏の両親を訪ねて娘と別れてくれるように懇願する演技をしたそうなのだが、これをカメラも回さずに行ったということ。すべてその後のシーンの撮影のための役者たちの演技のインプットのためだけに、実際にそういうことをしたのだという。そんなことする監督、他にいるんだろうか。本当に驚いた。

役者陣の演技の素晴らしさとか、ひかりの両親に対するモヤモヤとか、エンドロールの最後の一言とか、語りたいことの尽きない映画だった。主題歌のタイトル「アサトヒカリ」ってもうね。。。

ひとつの命の持つ意味のなんと重たいことかということと、命を繋いでいく、文字通りバトンを受け渡していくことのなんと尊いことかという、馬鹿みたいに当たり前で、でも日常の中で忘れがちなことを、もう勘弁してくださいというレベルで思い出させてもらえた作品だった。
主要キャラクターたちは、本当に誰も、何も悪くない。それなのに、人生とはかくも過酷なものか、ということもあらためて思わされた。
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