荒野の狼

エルネストの荒野の狼のレビュー・感想・評価

エルネスト(2017年製作の映画)
5.0
「エルネスト もう一人のゲバラ」は、2017年公開の124分の作品。キューバ革命の中心人物であるチェ・ゲバラとフィデル・カストロについて、ある程度の予備知識をもってから鑑賞したい作品。私はゲバラとカストロに関する複数の映画や本を見ていたが、日系人レディ前村ウルタード(ボリビアでのゲリラ活動時のニックネームはエルネスト)がゲバラのボリビアでの活動に参加していたことや、ゲバラの広島での言動については情報がなかったので新鮮であった(ちなみに、ゲバラのボリビア日記には11月27日の項に「ボリビア人医者のエルネスト」が名前のみ登場するが、それ以外の日付けではエルネストの記載はほとんどない)。

本作の前半は、ゲバラが主役と言ってよく、広島での米国への怒りや被爆者への思いなどメッセージ性は高い。キューバ危機の以前の1959年に広島を訪問していたゲバラに対し、アメリカのオバマ大統領が広島平和記念館にはじめて大統領として訪問したのが2016年であったことを考えると、核兵器に対する両者の意識の違いが実感される。本作でのゲバラのセリフ「怒りは、憎しみとは違う。憎しみから始まる戦いは勝てない」は、特に印象深い。

映画の後半は、ボリビアをめぐる当時の政治背景などがわかると、より楽しめる内容。2008年の映画「チェ 39歳 別れの手紙」はボリビアでのゲバラの闘いが描かれており、本作に登場する女性革命家のタニアなども登場するので、本作のファンにはおススメ。日系人がゲバラと革命活動を行っていたことが、日本で知られていなかったのは、アメリカへの忖度もあったのではなどと疑問に思ってしまう。

ボリビアでゲバラは長年ポジティブに評価されておらず、ゲバラの遺骨がボリビアからキューバに戻ったのは1997年で、キューバではゲバラの霊廟が作られた。本作の最終盤には、ゲバラの霊廟に本作の主人公のフレディ前村ウルタードのプレートがあることが紹介されている(ゲバラの遺骨がキューバに戻った時に、同時期にボリビアで死亡したゲリラ6名の遺骨もキューバに戻ったが、その中にはフレディのものは含まれていない。「チェ。ゲバラ伝、文春文庫p399」)。ちなみに、ボリビアで初の先住民出身となるエボ・モラレスが大統領に就任して、ゲバラを就任演説で讃えたのは2007年である。

日本でのゲバラの行動については、三好徹「チェ・ゲバラ伝 増補版(2014年、文春文庫)」に入手できるかぎりの情報が40ページにわたり記載されている(ゲバラが広島の慰霊碑に献花している写真も掲載、同書、p253)。同書には、ゲバラのボリビアでの闘いの記載の中で、映画の主役のフレディのことも数カ所で触れられており映画のファンには嬉しい(同書では、フレディ・マイムラとしており、舞村か米村か不明p341としている)。ゲバラの来日時については、日本側がゲバラを長とするキューバ使節団に冷淡であり、他の国の、ナセル、ネルー、スカルノ、チトーといった世界史に名を留める指導者の態度と比べてゲバラに対する認識不足が伺われる書かれている(同書、p238)。

また、映画では描かれなかったゲバラがキューバに帰国してからの報告会での以下のコメントが掲載されている「第二次世界大戦のときは、日本の帝国主義的侵略に憤慨した。それで原爆によって日本が降伏したと聞いたときは快哉を叫んだものであったが、しかし、こんどヒロシマを訪れてみて、戦争というものの悪、原爆の残虐さをつくづくと痛感し、これを使用したアメリカに憎しみを感じたp261」。同書には、ゲバラの来日当時は、日本がアメリカに忖度しながらキューバに接したことが書かれているほか、「現在でも、キューバは日本から農、工業の機会その他を買いたがっているが、日本はアメリカに義理立てして、キューバの欲しているものはほとんど何も売っていない(同書、p222)」「(ゲバラは)日本との取引を計画したのであるが、日本の業者の方で、アメリカに気兼ねして、ほとんど品物を売っていない。現在では、かつてキューバと取引したことがあるのを隠そうとする会社もある(同書、p251)」とコメントされている。キューバに対しては、アメリカに忖度してきた日本にあって、本映画のようにゲバラとキューバに同情的な作品が日本とキューバの合作として作られた意味は大きい。
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