ワンコ

ノスタルジアのワンコのレビュー・感想・評価

ノスタルジア(1983年製作の映画)
5.0
【タルコフスキーの心/希望】

タルコフスキー作品のなかで、最も映像が美しい映画だと思う。
この圧倒的映像美は絵画表現のようでもある。
そして、もう一つ重要なのは、タルコフスキーの水表現について、この作品で解が与えられたことだと思う。

序盤で映し出される絵は「懐妊の聖母(マドンナ・デル・パルト)」だ。
ルネサンス初期のピエロ・デラ・フランチェスカの作品だ。

マリアの顔が、言い方は悪いが、憮然としているように見えるのが印象的だ。

フィレンツェのサンマルコ美術館にあるフラ・アンジェリコの「受胎告知」のマリアは、戸惑いながらも、処女であり妊婦であり、母になる優しい予感もしたが、こちらは、大きくなったお腹を突き出して「なんか、神様の子供、身籠ったみたいよ」と不貞腐れているようにさえ見える。

妊娠を告げられ、戸惑いもあったが、希望もあった。しかし、お腹が膨らむにつれて、どうも何かがおかしいと疑問を持つようになった感じだ。

自分の祖国に対する希望が次第次第に薄れていく感じと重なるものを感じたのだろうか。

既に言われて久しいことだが、この作品のアンドレイはタルコフスキー自身のことだ。

そして、僕は、ドメニコはタルコフスキーの心なのだと思う。

アンドレイとドメニコの会話は、自問自答のような気がするのだ。

温泉は祖国。

温泉の湯煙は、何かを隠しているもののたとえなのだろうか。

この作品でも滴る水の音や、屋内にも降り注ぐ雨など水の表現は多い。

ドメニコは演説の中で、水は根源なのだという。

水は、万物を育み、人間が生きていくためには必ず必要なもの、拠り所になるものだ。そして、時には、悲しみなども洗い流し、浄化し、宗教的な意味も持っているように思う。

蠟燭の火は、きっと情熱だ。

ドメニコの最後の演説はタルコフスキーの心の叫びだろう。

ピラミッドは完成させることが目的ではなく、続けることが重要なのだ。

だが、ドメニコは焼身自殺し、人々はこれを傍観し、歓喜の歌が流れる。

タルコフスキーの心が死んでしまったのだろうか。

そして、ドメニコに指示された通り、アンドレイが温泉に駆けつけると、既に、温泉は枯れてしまっていた。

何かを隠すように覆っていた湯煙もほとんどなくなってしまっている。

希望はついえたのか。

そうした希望のない場所で、情熱を燃やしても、役には立たないと言いたいのだろうか。

だが、枯れた温泉ではあるが、なんとか蝋燭の火を灯すことが出来たことは、希望が潰えていないことを表しているのではないか。何も、希望はタルコフスキーだけではないと言っているようにも思える。

そして「1+1=1」は何を指し示すのか。

誰が考えても解を導き出すことが出来ない数式は、タルコフスキーのどうすることも出来ない気持ちなのかもしれない。

この作品の後、タルコフスキーは亡命する。

タルコフスキーは、ノスタルジアになるのだ。
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