「約束 〜名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯〜」2013
刑事「この集落で5人もの人間が死んで犯人が分からないというわけにはいかない。誰かを突き出す必要がある。いま罪を認めても裁判でちゃんと調べるから自白調書に署名しろ。悪いようにはしない」
元裁判官「日本の裁判官は序列を重んじる。先輩が出した判決をひっくり返すわけにはいかない」
「冤罪だと再審請求を出す被告人は何度裏切られても裁判所を信じている」と涙ぐむ元裁判官。
1961年奈良県名張集落で起きた毒殺事件。村の懇親会が開かれ男性には日本酒、女性には白ぶどう酒が用意された。そのぶどう酒を飲んだ女性17人が中毒症状を起こし5人が死亡した。
奥西勝（当時35歳）が犯人として逮捕される。奥西容疑者は報道機関の前で「自分がやった、申し訳ない」と語る。
自白しか証拠がない状況で公判が開かれ奥西容疑者は捜査段階の自白を翻して無実を訴える。
そして状況証拠すら乏しく自白に信用性がないと無罪判決を得るが検察は控訴して一審を破棄し死刑判決が下される。
奥西被告の若き日を山本太郎、80歳を超えた現在を仲代達也が演じている。そして劇映画部分とドキュメンタリー部分で映画は構成されている。
奥西被告の殺害動機は三角関係の清算を狙って妻と愛人両方を殺したというものだ。しかし村中が不倫関係を知っていた。そして奥西被告は懇親会の席で愛人に「また妻と3人で街に映画を見に行こう」と誘っていた。そんな関係がそもそも不倫なのか？愛人ではなく仲が良い異性の友人ではないのか？
そして一番異様なのはぶどう酒をめぐる証言の変遷。
最初の事情聴取からわかった事実
14：05頃村人Aが酒屋にぶどう酒と日本酒２本を買いに行き10分後に町内会長宅へ届ける。
村人Aは6km離れた仕出し屋に行き仕出し弁当を受け取って懇親会の会場へ届けたのが17：20頃
17:00ごろ奥西被告が町内会長宅へ行き日本酒とぶどう酒を引き取って懇親会の会場へ届ける。
ぶどう酒は午後2時30ごろから5時まで町内会長の家にあった。その間にぶどう酒に毒を入れることができた人、つまり町内会長宅を訪れた人間は複数いた。
しかし奥西被告が自白した後村人Aは酒屋から酒を買ったのは17時頃だと証言を変えた。ぶどう酒に毒を入れることができたのは奥西被告以外にいない事にされた。
しかし村人Aは17時頃は6km離れた仕出し屋にいたはず。検察官の誘導で仕出し屋の女将は「時計が狂っていたのかもしれない。Aさんが仕出し弁当を受け取りにきたのは6時頃かもしれない」と証言を変えた。酒を売った酒屋の女将も酒を売ったのは午後5時過ぎかもしれないと証言を変えた。
奥西被告を犯人にして事をおさめようとする証言の改竄が行われた。証人たちは記者から尋ねられても回答を拒否したり覚えていないととぼけたりする。
奥西家の墓は町内の墓地から掘り返され奥西家の畑に移動させられた。残された奥西被告の息子と娘は村八分になり親戚に引き取られた。
村中が奥西容疑者を犯人にする事で収めようとした。
捜査段階、ぶどう酒を3時間預かっていた町内会長は調書に「犯人に心当たりがある。自分の妻と母（姑）は折り合いが悪かった」と書いている。記者に調書のコピーを突きつけられても会長は顔をこわばらせて「覚えていない」と繰り返す。真犯人は町内会長の妻あるいは姑、それとも会長ではないのか？
奥西被告の弁護団は真犯人を突き止める方向ではなく奥西被告が無罪である科学的証拠を積み重ねていく。
執念の調査で科学的根拠を添えて一度は再審開始が決定される。決定した裁判官はその後辞職。先輩裁判官の判決をひっくりかえしたからか？
しかしその決定は覆され再審は行われない。再審開始を止めた裁判官は最高裁に栄転。なんとわかりやすい。
科学を否定し押し付けられた自白にしがみついてまで自分の出世が大切か？
50年にわたる再審請求の戦いの間に奥西被告の母が亡くなり支援者にも亡くなる人がいる。弁護士は奥西被告と約束をする。拘置所の外で握手をしようと。
映画はここで終わる。2015年奥西被告は病死して約束は果たされなかった。
拘置所での死刑は午前中に行われる。昼食が配膳されるとそれは「今日は処刑されない」という意味だ。毎日毎日「今日が最後の日なのか」と考える日々は地獄だ。人生の後半を拘置所の中で過ごした奥西さんの気持ちを思うとたまらないものがある。
証拠より自白を重視する警察。
先例踏襲して事を荒立てない裁判官たち。
奥西さんを犯人にして口を拭おうとする村人たち。
科学と正義が踏みにじられる日本の情けない有り様。諦めず粘り強く戦う弁護団に頭が下がる。
