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幸せへのまわり道のstanleyk2001のレビュー・感想・評価

幸せへのまわり道(2019年製作の映画)
4.0
『幸せへのまわり道』
A Beautiful Day in the Neighborhood
(ご近所さんと素敵な一日を)
2019
USA

「ご近所さんと一緒に素敵な一日を
私とご近所さんになりませんか?
この美しい場所で楽しい一日を
私とご近所さんになりませんか?
君みたいなご近所さんを待っていた
君のいるご近所を夢見てたんです
この美しい日を楽しみましょう
せっかく会えたんですから
どうです?どうです?
ご近所さんになりませんか?どうです?ご近所さんになってください」

このテーマソングで始まる子供向けTV番組「Mister Rogers' Neighborhood」の司会者フレッド・ロジャースと『エスクワイヤ』の記者との交流の物語。

「Mister Rogers' Neighborhood」は1968年から2001年まで放送された長寿番組。

ミスター・ロジャース(トム・ハンクス)が部屋に帰ってきてスーツの上着をジッパー付きのスウェーターに着替えて靴を脱いでスニーカーに履き替えて落ち着いたトーンでカメラの向こうの子供達に話しかける。短い映像を見たりロジャースが演じるぬいぐるみと他のキャストが対話したりする。幼児から小学校低学年が対象の番組。取り上げるテーマは幅広い。テントの建て方、雑誌が出来るまで、離婚、戦争、死。

ロジャースは大学卒業後神学校に入った。テレビは子供達を「飼い慣らされた消費者」にしてしまう危険性に気がついて自らTVを通して子供達を育てようとした。

「人が成長するのに必要な条件はありのままの自分を認められる事。皆、子供にこう言う。『大人になれば大丈夫』あれは良くない。子供の今の姿ではなく成長後に価値を置いている。早く大人にした方が物が売れると言う考え方だ。子供を消費者にするためだ」

主人公ロイド・ヴォーゲル(マシュー・リス)は調査報道専門の記者。弁護士の妻と生まれて間もない息子がいる。子育ては妻に任せきり。

姉の結婚式に出席したら絶縁したアル中の父親ジェリー(クリス・クーパー)が来ている。亡くなった母親のことで口論になりロイドは父ジェリーと殴り合いになってしまう。

アル中で浮気者の父親が家庭を破壊して母親が早死にした。ロイドはそう思っている。

「僕は調査報道が専門だ。有名人の提灯記事を書けというのか?」
「あなたは評判が悪い。イメージチェンジを図る時ね」

上司に命じられて人気司会者フレッド・ロジャースの撮影スタジオを訪れるロイド。撮影は30分も押していた。酸素吸入器と繋がっている男の子とロジャース。ロジャースが話しかけても会話が成り立たない。しかしついに気持ちが通じて男の子はロジャースに抱き付く。

取材を始めるロイドの鼻には絆創膏が。ロジャースは絆創膏を貼っている理由を尋ねる。最初は答えなかったロイドだが根負けして「父親と殴り合いをした」と告白する。

ロイドに興味を持ったロジャースが今度はスタジオにロイドを招待する。

ジョアン「ジョアン・ロジャースよ。よろしく」
ロイド「『生ける聖人』と暮らすのはどんな気分ですか?」
ジョアン「その呼び方は好きではないわ。聖人扱いしたら彼の生き方が現実離れしてしまう。あれは努力と訓練の賜物よ。彼は完璧な人間じゃない。とても短気。その怒りを抑える道を選んでる」

ロイド「あなたは僕の様な人間が好きなんだ。『壊れた人間』が」

ロジャース「私たちは死について話すのを気詰まりに感じる。だが死は人間である事でもある。人間については言葉にできる。言葉にできることは対処できる」

ロイドはロジャースとの交流を通してシニカルで怒りを抱えた『壊れた人間』から父親を許し妻に自分の弱さを曝け出して赦しを乞う人間らしい人間になっていく。

ロイドを演じたマシュー・リスは最初は「え?この人が主人公?悪い顔してるなー」と思ったがラスト近くは憑き物が落ちたような柔和な顔になっていた。

アル中で浮気者だった父親を演じたのは『アメリカン・ビューティー』のナチ親父のクリス・クーパー。この人も人相悪いけどだんだん穏やかな顔になっていく。

映画はロジャースの番組のオープニングで始まりエンディングで終わる。風景は番組で使われるミニチュアで表される。唯一ミニチュアでない風景が使われるのはロイドが心臓発作を起こして入院した父親を病院に置き去りにして取材のためにバスに乗る場面だ。『壊れた人間』がみた風景だからだな。

ロイドが自分の中の怒りやわだかまりを自覚する時耳鳴りのようなキーンという音がするのが印象的。この映画の撮影中に心臓発作で転落死したジェームズ・エムズウェラーの仕事かも。クレジットでこの映画はエムズウェラーに捧げられている。

監督はマリエル・ヘラー。『クイーンズ・ギャンビット』のアル中の養母をやった人だ。なかなか手堅い演出でした。

ラストシーンでピアノを弾くトム・ハンクスがある事をして笑いを誘う。どうしてそれが笑えるのかそれは見てのお楽しみです。
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