春とヒコーキ土岡哲朗

日本のいちばん長い日の春とヒコーキ土岡哲朗のレビュー・感想・評価

日本のいちばん長い日(1967年製作の映画)
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間違ってやってきたことを、やめる決断の重み。

お堅いけど引き込まれる。
モノクロで2時間半もある戦争にまつわる映画で、こんなに難しいと思わずに観られるとは。理由は、とにかく面白いから。
常に「一刻も早く」というタイムリミットの緊張感がある状態。ずっと緊張感が続く。話が進むごとに危険が目に見えて具体的になっていき、緊張感はエスカレートしていく。
最初の20分で、ポツダム宣言を連合国側が発してからの日本の対応と、原爆投下、受諾の決定に至るまでを見せたところで「こうして日本にとっていちばん長い一日が始まった」のナレーションでタイトルが出て、こちらも本腰を入れる。
前半は会議のシーンが多いが、シンプルな内容なので分かりやすい。前半の会議の面白さの次は、後半はいよいよ陸軍の一部が暴走してクーデターを起こし、派手になる。

黒沢年男演じる過激で戦争継続派の将校が上官を斬るシーンの血しぶきや殺陣、それを錯乱しながら「時間がなかったんです……」と言い訳する心の闇は印象的。

観客を引き付ける面白い構成の内側で、戦争に対するいろんな価値観を見せる。戦争という題材でちゃんと映画を観させて考えさせるには、これだけ引き込む面白さが必要なんだな。


何をもって「日本を守る」なのか。その相違で波風が立つ。
これ以上国民の命を失うことはできないと、ポツダム宣言受諾に向かう天皇や大臣たち。一方で、陸軍大臣は無条件降伏は国としての尊厳を失うと主張し、反発。彼の意見も、天皇への敬意による部分がある。それでも、天皇の意見に従い、徐々に譲歩していく。
しかし、若い将校たちはまだ戦争を続けようとする。2000人の特攻隊を使えば必ず勝つ、と主張する将校が出てくるが、それは人の命の重みについて完全にマヒしていると思った。しかし、戦争継続派の言葉でも、はっとさせられるものがあった。今まで多くの命を犠牲にしたのにここで姿勢を変えて降伏したら、今まで犠牲になった人に申し訳が立たない、という意見。たしかに、それまでに命を落とした人は、国のために犠牲になるのは仕方ないというルールで犠牲にされてきた。それなのに、途中で人命の方が大切とルールを変えたら、不公平だ。亡くなった人たちへの誠意が、生き残っている自分たちも不条理なルールに縛られ続けよう、という歪んだ形で出てしまっている。それは、戦争が人の命に対して誠実ではない歪んだ状況なので、そのせいで起きてしまう事態だと思う。そもそも間違ってやっていたことに、正しいやめ方なんてないのかもしれない。