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晩春のhikarouchのレビュー・感想・評価

晩春(1949年製作の映画)
3.6
小津安二郎鑑賞三作目。やはりこの人の作風が好きだ。

なんてことのないやり取りや風景の中に、かなり周到に色々なものが仕込まれているのが分かる。意味の無いカットは無いので、一見何も起きていないような場面こそ見落とさないようにと気をつけて見た。

前半のラブストーリーはミスリードで、実は親離れ/子離れできない親子の話だったとはね。面白い。かなりセリフ量も多くて、そのあたりも自分の好みに合っている。日本家屋の特性を生かした様々なアングルもどれも最高にキマっている。

そのうえ、この当時の人々の暮らしぶりや街並みが興味深過ぎてそれだけで見入ってしまう。ここに出てくるのはかなりブルジョワな人たちで、一般庶民とは言えないけどね。この当時の映画は上流階級のためのエンタメだったのかな。
当時の日本の風俗や文化をもしっかりと海外や後世に残していこうという気概すら感じる。

ただ今の時代の感覚から見るとかなり酷い描写、展開が多く、それに対する問題意識が作り手側にどれほどあったのかは、最後までよく分からなかった。
外から帰ってきてまだ腰もおろしていない娘に対して「お茶!」、洗面所では「タオル!」「シャボン(石鹸)もうないぞ!」などとちょっとしたことで呼びつける。「てめえでやれや!」と2023年の僕はツッコミたくなる。家事など死んでもやるものかという家父長の信念が感じられる。でもこの父親、どちらかというと威厳弱め、優しいパパ的な描かれ方をしているのよね。時代。そりゃ自分も親より上な世代と分かり合えないのは無理ないなと思い知った。世代間の感覚の違いってのは凄まじいものだね。

また劇中、主人公の紀子はずーーーっと「もういい歳なんだから結婚しろ」と言われ続ける。今だったら完全にアウトのハラスメントだねこれも。

物語のフォーカスも、そうした個人の自由を抑圧するような部分は問題にしてなくて、どちらかというと「結婚したくない」「お父さんのそばにいたい」という主人公の幼稚性の方を問題にしており、"オトナ"の言うことを聞いたラストを良き着地として描いているようにみえるのが、今の感覚からするとうーーんとなってしまう。あまりに時代が違うから、仕方ないんだけどね。

この「お父さんのそばにいたい」という娘像も、なんだか作り手たち中年オヤジの幻想を具現化しているようで、結構気持ち悪い。娘にこんな風に言われて、それでも男気を見せて嫁にいかせるオレ(笠智衆)かっこいい~、という下劣な美学が漏れ出している。しまいには、娘の親友の若い女と飲みに行って、娘が嫁に行ったら代わりに家に通ってくれると聞いてデレデレ喜んでいる。これが中年の幻想でなくて何なのか。

京都旅行の最後に父が娘に語った「結婚と幸せ」の話はとても良かったし(いつか結婚式のスピーチを頼まれたら引用しようかな)、最後に明かされる父の嘘は脚本的に上手いし、ラストのりんごのシーンの余韻は素晴らしかったので、中年の幻想要素がなくても十分傑作なのに古の価値観がノイズ過ぎる!(70年後の未来人が上から目線で言う資格もないのだが。。。)
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