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パラダイスの夕暮れのたのレビュー・感想・評価

パラダイスの夕暮れ(1986年製作の映画)
4.4
 アキカウリスマキ監督作品でマッティ・ペロンパーとカティ・オウティネンが主演の作品というだけで百億点です。
マッティ•ペロンパーという俳優の演技というかもはや存在が特に素晴らしい。彼のすっとぼけたようなでも真剣な一挙手一投足を永遠に僕は観ていたい。

 長らくラストの唐突さに都合が良い話だねと斜に構えていたけれど、ある人が「あれは西側の国に憧れ英語を勉強していた主人公が思うまま行かず失意のうちにソ連に落ちのびるということを描いている」と論じていて腑に落ちた。決して明るい未来は待っていなさそうだけれど2人で生きることを決意する。そんな愛を描いた作品。現代にもし彼らが生きていたならば乗る船ははたしてあるのだろうか?

 死ぬほど退屈な休日と死ぬほど退屈な労働、その繰り返しの中。ギリギリ自暴自棄にならず、また安易にそんな生活こそ美しいなんて価値の逆転もしない。この誠実さがこの映画の素晴らしさだろう。

 ラストシーンで彼らが旅立ったあと、精神病棟にいるニカンデルの妹さんはどうなるのだろうか。彼女に会いに来る親族はニカンデル以外にいるのだろうか。そんなことを思うとなんともいたたまれない気持ちになる。一人湖を見つめる彼女の姿。映画では描かれないこのシーンこそ真のベストシーンであることは僕の目からすると疑いようがない。我々は彼女に何ができようか?きっとできることなんてほとんどないんだと思う。お金で解決することができないもの、それは人の心だ。その心に訴えかける何かを僕は作って彼女に見せてあげたい。自分がどんなに馬鹿だなと思われようとも構わない。それで心が少しでも楽になってくれたなら。そんな野望を心に描く。それは実際は単なるお節介でしかないのかもしれない。そんな自分に酔っているだけかもしれない。でもこの自分自身ではよくわからない気持ちを心の奥から取り出してそこから多種多様なるエゴたちをごっそり差し引いても、ゼロにはならず微かに残る何ものかが存在する。そう僕は信じている。信じていたい。何もかもそこに残らなかったとしたら生きる意味ははたしてあるんだろうか?
 映画なんて所詮は作り物であり見せかけだ。そうだとしても、そうだとしても僕の心の中には今も一人で湖を見つめるニカンデルの妹がいる。旅立ったニカンデルの代わりに僕は彼女の隣に座って薄暗く霧がかった湖が積み重なった記憶の結び目を徐々にほどいていく様子をただぼんやりと見つめていたい。
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