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王国(あるいはその家について)のたのレビュー・感想・評価

3.9
王国。

いかなる事情があったとして他人の命を一方的に殺めることは肯定できない(それが自分にとっての弱者である場合はなおさら)。なのでこの作品を手放しで評価することはできないけれど、最近の作品には少ない人の狂気を感じさせる作品で好印象。

本作では劇か映画のセリフ合わせをしている光景をひたすら繰り返される。同じセリフであってもその言葉の発せられ方や話者の表情や周りの人の顔や次の言葉との間合いなど多数の情報が重なり合って意味が深まっていく。そのプロセスを垣間見せることにより、完成形を一度だけ観る以上のものが観客に伝わる。はじめ不器用で何が言いたいのかわからなかったものが少しづつほどけてくるような感じ。この作品はひどくミニマルなので観客は否応なく積極的にならざるおえず一種作品世界に参加している感覚となる。同じセリフなのにハッとさせられることが何回もあった。

過去の出来事を心の中で幾度も反芻していくプロセスによく似たことを本作を通して観客は体感することになる。その体験こそ劇中で語られる「濃密な時間」に他ならない。そうして僕らは他人にはわからない秘密の歌を手に入れる。

と、いろいろなことを書いたわけだけど。こういう新しいことをやってやってる感を感じてしまうと途端につまらなくなる作品であることは確か。制作秘話とか裏話を聞くと映画的なマジックが消えてしまいそうであまり調べたくないなと感じてしまった。なので僕はこの作品をこの作品のみで感じたい。上にも書いたがこの作品は人の記憶を上手く表している。一般化されたものではなく超個人的な記憶。何度も反芻して繰り返す人の記憶。この作品の主人公の一種病的なほど純粋で狂気を帯びた経験を身体性を持って追体験させられる。今にも消えてしまいそうな危うい亜希に僕はきっと手を差し伸べる資格はない。けれど遠くからそれでも希望を失わずにいてほしいと思う。どんなに長い嵐の中であったとしても信じて待ち続けることが(ことだけは)できる。まだ見ぬ新たな王国の到来を。

一見の価値あり。
た