浄土

夜明けのすべての浄土のレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
4.8
街は今、眠りの中。人は皆、悩みの中。夜が明けるそのとき、あの鐘を鳴らすのはあなたかもしれないし、わたしかもしれない。誰かが永遠に続くかもしれないと絶望した闇夜は、巡り巡ってまた違う誰かの光明になり得るかもしれない。昨日までの辛い経験を、明日から人助けに還元できるかもしれない。ひたすらに人間を信じた一本。暫定で2024年のベスト。

希望の塊みたいな映画なので、出てくる名もなきキャラクター達も皆善人で徹底している。ちゃんと枚数を指示せずにコピーを頼んだ自分が悪いと謝る上司、漢方を変えてみようかと提案してくれる産婦人科医、PMSに関する本を何冊も貸してくれる心療内科医、先輩を気遣って自分にも電話変わってくれと頼む元気な後輩。「いい人すぎるよ展」が映画内で開催されてるのかってくらい周りに恵まれている一方で、PMSとパニック障害で悩む主人公二人に対して「っていうか、こいつらの人間性にちょっと問題あるんじゃね?」と否が応でも気づいてしまうのが面白い。当然意図的にその構図を作り上げているので、二人は普通に毒や愚痴も吐くし、自分達の病気を棚に上げて不謹慎な自虐も言っちゃう。病人だから、弱っているから、人の痛みがわかる…そんなわきゃあない。病気で悩む人間を無分別に聖人君子にはしないという作り手の腹の括り具合が伝わってくる。

しかし、他者の存在を意識することで善くありたいと思うのが人間というもの。利他的行動によって自らの幸福度が上がるというのはよく聞く話で「お菓子をお裾分けする」「相手の病気を理解する」というささやかな行動はその最たるものだ。前者に対してはルーティン化するのは良くないとさり気なく釘を差されているのもまた良かった。ケレン味など全くないにも関わらず、徐々に二人の心に夜明けが差し込んでいく様はこの上ないカタルシスだった。

問題を抱える男女が出会い、お互いを補完しながら一つの目的に向かって物語が進行していく様は『世界にひとつのプレイブック』を思い出したし、あるいは暴力の介在しない『息もできない』のようでもあった。そういえば『息もできない』は中々にしんどい映画ではあるのだけれど、劇場鑑賞時には観客が声出して笑っちゃうようなシーンもあったので、その点この映画と共通しているなあと今書いててふと思い出した。

欠落した人間であっても断罪せず、寄り添いすぎず、突き放しもしない。押し付けがましさなしに人の生活を見つめ続ける暖かな眼差しは昨年公開の大傑作『レッド・ロケット』をも彷彿とさせる。こういうタッチの映画を作れる人がちゃんと日本にも存在するのって、本当財産ですね。
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