浄土

オッペンハイマーの浄土のレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.0
オッペンハイマーがプロメテウスに例えられたように、原爆は近代アメリカの神話に他ならない。国民のアイデンティティ、勝利のアイコン、叡智の炎、ひいては文化的支柱にもなり得る。そりゃマス目線でミームにだってなっちゃうだろうな…という答え合わせもできてしまったのがなんとも無念やるかたない。

戦争を終わらすための"それ"はむしろ始まりに過ぎなかった。そりゃそうだ、向こうさんにすりゃ広島・長崎の2発は「勝てる戦争」の最後の灯火で世界へのお披露目に過ぎず、本番環境は二次大戦後の「どうなるかわからない戦争」なのだから。オッペンハイマーが矢面に立たさせれることになった赤狩りの嵐も、ハリウッドの歴史を多少なりとも知っている映画好きとしてはまったく他人事ではない。我々日本人はどうしても世界唯一の被爆国側で見てしまうけれど、アメリカ含む世界は現代まで連綿と続くその後の核開発競争と、それに伴う緊張状態のほうが肌感覚として遥かに強く刻まれているのだろう。

オッピー本人はプロジェクトリーダーとして優秀な面が際立っていたのが意外だった。腐っても歴史に名を残す科学者なんだし、情よりも数字を重視するサイコなタイプなのでは?と勝手に思っていたので(歴史ある京都にこそ原爆落としたほうが日本人にはダメージでけぇゾと進言したアイツとか)拍子抜けすらしてしまった。蓋を開けてみれば自由人気質で、イデオロギーではなく市井の社会システムとしての共産主義にシンパシーを抱く、シンプルに人間臭すぎる一人の男。開発中は諸葛亮のごとく動き回ってイケイケドンドンだったのに、9km先から届いた爆風と爆音を目のあたりにしたときの「あ、これはまずい」の表情。政治屋にcrybaby呼ばわりされるのも致し方なしか。

「一個人が、良くも悪くも世界を変え得る」というノーランの映画哲学がここでもしっかりと結実していたことは一貫性があって信頼できる。ただ感情移入のできなさで言えばノーラン作品の中ではトップクラスだった。
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