パングロス

パスト ライブス/再会のパングロスのレビュー・感想・評価

パスト ライブス/再会(2023年製作の映画)
4.5
◎初恋はつらく美しく、失恋もまたつらく美しい

いやぁ、泣かされました。

あるシーンから、ラストまで、ずっと、‥‥

初恋とか、失恋とか聞いて、何か感じるところのある人は、何も調べずに、迷わずご覧になることをお薦めします。

あとは何を書いてもネタバレになりそうなので、‥‥

そうそう、本作、また韓国映画かな、と思って観はじめたんですが、正確には違います。
『エブエブ』や『ボーはおそれている』のA24が配給、韓国のCJ ENMとアメリカのキラーフィルムズと2AMが製作なので7割方アメリカ映画です。

【以下ネタバレ注意⚠️】




年代ごとに3つの章からできてます。

2000年
 12歳のナヨン(♀)とヘソン(♂)inソウル
2012年 12年後
 24歳のナヨン=ノラin NYとヘソンinソウル
2024年 さらに12年後
 36歳のノラとヘソンとアーサーin NY

冒頭に、2024年の3人を映したショットに
「この3人は、一体どんな関係なのだろう」
というナレーションをかぶせたプロローグがあります。

ナヨンとヘソンはソウルの中学校の同級生。
成績はともに学年一位を争う仲。
それにお互い好意を寄せるあいだがら。

ところが、ナヨンは、映画監督の父と画家の母とともにカナダに移住することになり、母の勧めで、最初で最後の一日デートをヘソンと楽しんだ。

ナヨンは、妹とともに、自分たちの英語名を決めることになり、父の発案によって、レオノーラ、略称ノラと名乗ることになった。
姉妹は、飛行機の中で、英語の挨拶の練習をふざけてし合うほど、新生活には期待がいっぱいだった。

12年後、ヘソンは兵役のための入隊も経験し、仲間と飲む機会も増えたが、ずっとナヨンの行方をネット上で探していた。

ノラの方は、ヘソンのことなど忘れかけていたが、たまたまFacebookで友達探しをしている最中、ようやくヘソンの名前を思い出した。
検索してみると、父の映画ブログにヘソンは、
「ナヨンを探しているが全然見つからない。知っていたら教えて欲しい」
と書き込んでいた。

早速、ノラの方からヘソンに連絡を取る。

ノラのパソコン画面に映ったヘソン。

もともと12歳の頃から多少泣き虫だったけれど、サバサバした性格だったナヨンに対して、ヘソンは自分の思いをなかなか言い出せない内気なところがあった。

今やノラで通して、母親でさえナヨンとは呼ばなくなったノラの挙動は、彼女自身の言葉で言えば、すっかりコリアン・アメリカン、韓国系アメリカ人のそれとなっていた。

ところが、画面越しに再会したヘソンは、まさに「含羞」を絵に描いたような、もじもじしながら、目も逸らしがちな挙動不審さを隠せない。

いやぁ、ここからですよ。

涙があふれて来たのは、‥‥

12年前のデートの時も、喜びを身体中であらわすナヨンに対して、ヘソンは自分の好意を充分伝えることが出来なかった。

韓国の兵役と会社勤めは同じだとヘソンは言う。
どちらも、ボスの仕事を片付けるまで帰れず、そのための残業手当さえ出ないという。

日本でも、最近でこそ、「働き方改革」の恩恵で、働いた分の残業代が正規に支払われるように大勢はなったようですが、12年前はヘソンの言ったのと日本も変わりなかったはずです(そんなことは忘れてる幸せな人も多いでしょうが)。

両親がいるカナダから、作家(ないし劇作家)になるという自分の夢を実現するため単身NYに再移住したノラは、バリバリと自分の行くべき道を切り拓いている。

しかし、ヘソンは社会に対しても、自己実現に関しても、もっと受動的な生き方しか出来ていない。

特に兵役の過酷さ、‥‥
‥‥ノラに「兵役は好きになれた?」と訊かれて、それに対してだけは「いや、嫌いだ」とハッキリ答えていたのが印象的でした。
韓国で、兵役に関して、個人的な好悪について表明することは、別にタブーではないのかな?

話していくうちに、どんどん打ち解けていくヘソンだったが、話す内容も、ナヨン(ノラをそう呼ぶことを彼女から許された)への隠しきれない思いも、いじましくて、可愛らしくて、痛々しくて、泣けて泣けて仕方がなかった。

ところが、ノラは、日課となったヘソンとのネット上のおしゃべりを、きっぱり辞めると突然宣言する。
自分がNYに出て来たのは、夢を実現するためだから、と。

こう切り出された時のヘソンの受けたショックが、画面の表情からも痛いほど伝わって来る。‥‥
‥‥また、泣ける。

ノラは、アーティスト・イン・レジデンスの制度を利用して、NYの東に伸びるロングアイランドの突端、風光明媚な別荘地として知られるモントークの豪邸並みのレジデンスに入居した。
執筆活動に専念するためだったが、ここに後から入居して来たのが、ユダヤ系アメリカ人で、やはり作家志望のアーサー。

初対面の二人は、美しい環境のなかで、すぐに打ち解け、ノラは、韓国で人と人が出会う奇しき縁(えにし)のことを「イニョン」と言うのだ、と説明する。
この世で、何億人も男女がいるなかで、結婚するような相手とは、8000層(だったかな?)も重なるほどの、前世( past lives )からの「イニョン」があるのだと韓国では信じられている、と。

この「イニョン In-Yun 」、小原康平さんの書かれている通り(*)、日本語で言えば「因縁」でしょうね。
* 『パスト・ライブス(原題)』沁み入る移民物語
小原 康平 2023年10月9日 10:19
note.com/koheiobara/n/n6452636b7c14

もっと単純に「縁(えん)」と言っても、訓読みで「えにし」と言っても(この訓読み自体「エン」の音の派生語でしょうし)、ほとんど意味は変わりません。

ノラ本人が、「おそらくは仏教から来た考え方で」と言ってる通り、仏教の基本理念の一つ、「因縁説」または「縁起説」に由来するものでしょう。

今まで韓国は、日本より、儒教の影響が現代でも強く(例えば年長者には絶対に敬意を表すなど)、仏教の教理の方はさほど浸透していないのかと思っていたので、この話が出て来て、ちょっと驚きました。

現代の日本では、「親の因果が子に報い」とか「因縁話」とか「インネンを付ける」とか、とかく「因縁」という言葉はマイナスイメージをともなってしか使われない。
また、「縁」の方だって、「縁結び」とか「縁切り」とか「御縁がなかった」とか、比較的軽めのニュアンスで使われている感じで、前世からの縁がどうこう言うのは、お能か歌舞伎の舞台でしか耳にしないと思います。

私は、中学生時代に中村元先生の『原始仏教』を読んで仏教とは何かを学んだ口なので、「因縁」「縁起」も、ものごとには(悩みや苦しみも)必ず何らかの原因によってもたらされるのだから、苦しみから脱却するには、原因の省察が必要だ、という、言わば釈迦による科学的思考の勧めだと受け止めています。
前世だとか、来世とか、輪廻転生とかいう、ふつう仏教的とされる概念は、大乗仏教の段階になってもたらされたものだというのが中村元流の釈迦仏教の捉え方でした。

閑話休題。
ここでは、ノラは、アーサーに「イニョン In-Yun 」は、仏教から来た考え方で、輪廻転生と関係している、と説明しているので、ここではそれに従いましょう。

ノラは、それは極めて韓国的な概念だ、と言って、自分では信じていないらしい様子です。

案の定、アーサーに、
「だったら、僕たちの間には、強いイニョンがあるってことだね」
と口説き文句に使われてしまい、二人はキッス‥
レジデンスで起居をともにするのですから、男女の仲は自然に進み、やがて正式に夫婦に。

このアーサーとの会話のなかで、ノラは、ヘソンのことを、「ものすごく韓国的なのよ」と繰り返します。
自分を含めて、アメリカ育ちの韓国人は、コリアン・アメリカン(韓国系アメリカ人)だけど、彼はコリアン・コリアン(韓国の韓国人?)なのよ、と訳のわからないことを言ったりします。

つまり、ノラにとって、恋愛における「イニョン」信仰?とヘソンの存在は「韓国的」という点で結びつき、アメリカンな今の自分とは異質だと感じている訳です。

ところが、ヘソンも、同じ「イニョン」説の話を友人たちと(酒席で、だったかな?)しますが、彼の方は、どこか、その8000層もの「イニョン」が重なった強い前世からの結びつき、というものを信じているところがある。
それも、自分が12歳の時から、ずっと思いを寄せて来たナヨンその人に重ねて、そう思っている節がある。
ナヨンこそ、自分の運命の人だと。

だから、せっかく探しに探して、ようやく巡り会えた24歳のナヨンとの再会・交信を、彼女の側から突然拒絶された時の彼のショックは、いかばかりかと胸が痛みます。

ノラの方は、アーサーと結婚し、夫婦ともに作家及び劇作家として成功します。

ところがヘソンの方は、意に染まない仕事に就きながら、恋人も出来て付き合ってはみたものの、結婚話が出た途端に自分には資格がないと、付き合いを辞めてしまう。
きっと、その恋人というのも、どこか本気になれず、かりそめの付き合いといった感じが強かったように思えます。

成功の階段を着実に昇っていくノラ=ナヨン。
彼女は結婚後、里帰りを兼ねて韓国を訪ね、ヘソンにも連絡を取ったらしいのですが、彼からはナシのつぶてだったらしい。
自分にも恋人が出来たから、というより、とても結婚したナヨンに会えるような精神状態ではなかった、ということだったのでしょう。

それが、さらに12年後、二人は36歳という人生も中盤の壮年期。
ヘソンも、ようやく心の整理がついたのか、ナヨンに会うために、休暇を利用してNYに飛ぶ。

いい大学を出ているはずなのに、英語が下手なヘソン。
NYに着いても、どこかオドオドして相変わらず挙動不審です。

ホテルの部屋でひとり落ち着いて、ナヨンに会うためにパリッと着替えてみても、彼の姿は、どう見ても引っ込み思案な韓国人です。

そんな彼が、24年ぶりに実際にナヨンと顔を合わせるのです。

公園で指定の場所でナヨンを待つヘソン。
あれ、
本当にここでいいのかな?
自分の身だしなみは可笑しくないかな?
と、やっぱり、オドオド、キョドってると、
「ヘソーン!」
とノラ=ナヨンの呼ぶ声に気づき、一気に表情が明るくなるヘソン。
24年ぶりに実際に会った二人。
ノラ=ナヨンは、すぐに駆け寄って、ヘソンをハグしますが、彼の方は突然のことに戸惑うばかり。

この間、ヘソンにはひと言のセリフもないのに、彼の心のうちが全部、手に取るようにわかる。
すばらしい演技、
すばらしい演出です。
観ているだけで、
やはり涙、涙‥‥

アーサーも誘っての3人の会食(後のバーかな?)、
ヘソンは、ナヨンと話すのに夢中で、アーサーはそっちのけ。
‥‥これがプロローグで使われたシーンです。

ノラが中座した際、ヘソンはそのことをアーサーに謝ります。下手くそな英語で。
「いいさ、君は彼女と24年ぶりに会ったんだから」
アーサー、いいヤツ過ぎます。
また泣けます。

たっぷりと濃厚な時間を過ごしただけに、別れはつらい。
ヘソンは、アーサーに、
「今度は韓国で会いましょう」
と声をかけ、Yes の返事をもらいます。

ところが、ナヨンとの別れ‥‥

彼は、二人の様子を見て、
「アーサーがいい人だから、僕は苦しい」
と珍しく本音で言いました。

彼は、いまだに、ナヨンのことを恋して、恋して、好きで好きでたまらないのです。

だから、二人と出会って、実際に話してみて、ヘソンは心に決めたのでしょう。

ナヨンと別れるときに、ヘソンが言います。
「僕たちが、本当にイニョンで結ばれているなら、来世で会おう‥‥」

そう、彼は、アーサーに言ったこととは逆に、今後、二度とナヨンには会わないことを彼女本人に誓ったのです。
たとえ、二人がイニョンで結ばれていたとしても‥‥

何という初恋でしょう!

何という失恋でしょう!

今度は、ヘソンの方から、ナヨン=ノラをしっかりとハグします。

ヘソンと別れたノラは、アパートの前で待っていたアーサーの胸に飛び込み、初めて泣き崩れます。
この別れは、ノラにとっても初恋だった、そしてその初恋が失恋に変わったときだったのだから‥‥

実際には、12歳のときの初恋の相手を、そのまま24年も変わらずに恋しつづけることなんて、できっこないと正直思います。

しかし、本作の二人にとっては、それはかけがえのない初恋であり、同時に、失恋であった。

そのことを思うと、今でも涙が止まりません。

本作、1988年、ソウル生まれでNYで活躍する劇作家セリーヌ・ソンの初監督作品だとか。
プロフィールをみると、ほとんど彼女の自伝的な作品だということがわかります。

脚本も彼女が執筆。

豊富な劇作、演出の経験が本作にも生かされているのでしょう。
アカデミー作品賞、脚本賞ノミネートもうなずけます。

ノラ=ナヨン役のグレタ・リー(1983- )は、ロサンゼルス出身の移民2世のまさしく韓国系アメリカ人。

驚いたのが、どこから見ても純韓国人にしか見えなかったヘソン役のユ・テオ(1981- )が、ケルン出身のやはり移民2世の韓国系ドイツ人だったことです。
いやはや、だとしたら、物凄い演技力の持ち主ではないですか。

カメラは、常に一定の距離を置いて、対象となる人物、ノラ=ナヨンとヘソンを見守るような落ち着いた構図が心地よく、あるいは、やはり小津安二郎を参照しているのかな、と思いながら観ていました。

音楽も良かった。

東アジア系アメリカ人による作品は、『ミナリ』とか『エブエブ』とか、最近かなり出て来たようですが、私は本作がいちばん感動しました。
アジアの要素を、作劇の中心に据えたのも、かなり冒険的だったのではないでしょうか。

掛け値なしの大傑作、
また忘れかけた頃に何度でも見返したいものです。

《参考になるレビュー》
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