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シック・オブ・マイセルフのhasisiのレビュー・感想・評価

シック・オブ・マイセルフ(2022年製作の映画)
3.8
ノルウェーの首都、オスロ。
シグネは、彼氏で泥棒アーティストのトーマスと暮らす若い女性。
協力し合って仲良く暮らしているが、彼氏が脚光を浴びはじめた影響で、影の薄い存在に。

カフェスタッフとして働いていたある日。大型犬に喉を噛まれた血塗れの女性を介抱するアクシデントを体験する。
真っ白なソムリエエプロンが鮮血に染まり、心配そうな人々の注目が肌を焦がす。
それ以来、シグネは「同情と注目」に取り憑かれ。もう一度充足感を味わいたい、と最良の方法を探しはじめる。

監督・脚本は、クリストファー・ボルグリ。
2022年に公開されたダークコメディ映画です。

【主な登場人物】📱🤕
[イングヴェ]友人男性。
[エスペン]自助グループ主催。
[エマ]イングヴェの彼女。
[シグネ]主人公。
[スティアン]元カレ。
[トーマス]彼氏。
[マルテ]友人で記者。
[リサ]アパレル系の広告代理店。

【感想】👩🏼‍🍳🪑
ボルグリ監督は、1985年生まれ。ノルウェー出身の男性。
2017年にエナジードリンクの販売戦略を扱ったドキュメンタリーでデビュー。
本作がフィクション長編映画の初作品です。

女性の自傷行為を描いて、まさかの男性監督。

💊〈序盤〉🍷🥜
泥棒アーティストは、美術品を盗んで注目を集める、いたずらと泥棒の中間ぐらいの職業……。
監督が脚本を書いていた当時、実際にオスロで起きていた事件が基になっている。
デザイナー家具を盗む窃盗団がいて、世間を騒がせていた。
劇中でも実際の窃盗の現場が再現され、警察に押収された椅子がそのまま出てくる。

ナルシストの成功体験。
シグネはかまってちゃん、でジェラシーも強い。
偶然を切っ掛けに注目されて承認欲求が満たされるのだが、
彼氏の職業含めて風変りなので興味惹かれる。

入院した時の感覚に近い。
SNSにはシグネとよく似た人達が大勢いるので、非常に語りづらい……。
そっか。
共通点を洗い出してゆくと、子供時代に寂しい家庭で育ち、親の愛情で満たされなかった人達なのか。

心の中にお母さんがいないから、世間にお母さんの役を求めているので。
生きる辛さをアピールしている。

生き甲斐探し。
誰かのために尽くしている時に生きている実感が得られる人。
それぞれ性格は全く違うのに、この辺の個性も共通しているので、現代の孤独が生み出す病理なのだろう。

[自らに負わせる作為症]🩺
誤解を生む可能性があるので、説明は省きます。
家庭に居場所が無い場合が多いので、
遊び場に顔を出す人にもみられる症状。
劇中でのイベントも必ず人の多い場所で繰り広げられる。

わたしは他人の手伝いをするのが得意なので、
需要と供給が噛み合うため、この症状の人とは仲良くなりやすい。
なので、ネタを面白がってはいますが、まったく敵意はないです。
(なんちゅう映画だ。気つかうわ~)

💊〈中盤〉🚬🧑🏼‍🦽
オーバードーズ。
高校生の時にシグネとまったく同じ事をしていたのを思い出した。
自分で体を壊して、病院の窓から学校を眺めて。
軽い自殺願望のようなものだろうか。
体に現れた症状を眺めるのが好きだったし、
いま考えても何がしたかったのか分からない。

🏥エスカレート。
止まらない女の体を張った芸。
街に溢れている10代の子たちと差別化したいのか、映画を盛り上げるためか。
普段はお目にかかれない領域へと足を踏み入れてゆく。

目立ちたがり屋の主導権争い。
老人会でも、慈善活動でも繰り広げられる「俺の方がすごい」の自慢話。お山の大将が2人揃うと、お相撲の始まり。
同情されたい。感謝されたい。だけど、自分以外が目立つのは許せない。
いいなりになる子分は欲しいが、生意気な奴はお断り。
心の狭い連中のはきだめ。

見事なコント集。
過去の類似作品と同じ場面でも、微妙な演出の違いで、はじめて見るような印象に。
テーマ縛りの中盤で、これだけしっかり作れる人も珍しい。
(アクセル踏みっぱなしなので、強烈だけど)

💊〈終盤〉🎥🧢
ベテラン詐欺師の技術。
心情の言語化が消失して、外から眺めている気分に。
シグネが息を吐くように嘘をつくので、ハラハラできる。
次第に嘘なのか本当なのか、こちら側からは区別がつかない状態に。
繊細で独創的な演出に驚き。
芸術そのものが虚構なので、大抵の表現者は共感できるだろう。

崩壊の予兆。
終わりに近づくほど不穏に。暖かなピアノの音色も消えうせ、スリラーのようなバイオリンの旋律に。
題材がエスカレートと相性がよく、映画製作向きの性格をしている。

あまりに不謹慎な内容なので、
エピローグでは、真似する人が現れないよう、教訓的な側面を。
メンタルケアに重きが置かれている。
若干ではあるが、編集には微妙な印象を受けた。入りがぬるっとしているので、初見では辛すぎて山場から逃げ出したのかと勘違いした。

【映画を振り返って】📘🫄🏼
これ以上ないほど見事に現代を切り取った良作。
共感できる人は多いだろうし、友達にもためになる。
普遍的な思春期の悩みを扱っているが、似ている監督がいないので貴重な才能。

🎤自虐ネタ。
重いテーマではあるが、
コメディに仕上げあるので、くすくすしながら気楽に見られる。
自分の人生を費やして習得したような笑いの技術がある。
バラエティ番組で活躍する「天然の滑り芸」を彷彿させた。

監督の難解な演出意図を理解して、表現できる主演のクリスティン・クヤトゥ・ソープの力も大きいだろう。

ただし、明るいのは中盤まで。そこまでは4点代の魅力があるのだが、終盤はコメディ要素を排除。ドラマ性を濃くし、悪戯仕掛け人への、戒めの時がはじまる。

ボルグリ監督の次回作は、配給元がA24 。アリ・アスターが制作。ニコラス・ケイジ主演で『Dream Scenario』がすでに完成しており、高評価を得ている。
日本公開が待たれる期待作だが、ドラマに着地する作風に変化が訪れたのか気がかりに。

👗可愛い絵作り。
ポスターがどれも可愛い。
映画の色味も白を基調として女性的。とても男性監督とは思えない配色に。
音楽もクラシックで軽やかに楽しめる。
そう言えば昔、作家の村上龍が「ロック聞いていた若者が急にクラシック聞き始めると危険信号」って書いていたな……。

☘️優しい世界。
怒る人や茶化す人が少数派の夢の世界。
みんな真剣な眼差しで、シグネの話を聞いてくれる。
これこそが、本作の最大の魅力と言えるだろう。

普通は感情の起伏や衝突でドラマを盛り上げるのに、いたって静か。
シグネが求める世界が見事に構築されていた。

とくに彼氏のトーマスが優しい。シグネが尋常じゃなく手がかかるのに、リアクションもほとんどないし、修行僧のように見守っている。
ちなみに、監督の友人で芸術家のエイリック・セザーが演技に挑戦している。
(友達に泥棒の役を依頼する監督って……)

😜ダークコメディの教科書。
社会を皮肉って、ふざけて、嘔吐する。『逆転のトライアングル』によく似ている。

ニュース、ドキュメンタリー、インタビュー、討論。社会で起きている出来事はすべて物語のネタに出来る、と教えてくれている。
この世の中はネタの宝庫。
ドキュメンタリーの題材を探すより、好きな作品や身近な出来事をコメディにする方が手っ取り早い。

一時期、世間を騒がせた「いたずら動画」にも無関心だったけど、
本作が他人を驚かせる面白さを思い出させてくれた。
考えてみれば、学生時代まで悪戯をよくしていたのに、あの頃のわたしはどこへ行ってしまったのだろう。
(完全に記憶から消えていたのが謎)
固定観念で凝り固まった退屈な人を演じるより、少しくらい弾けてふざけた方が魅力的。
尊敬できる先輩たちのように、やんちゃな気持ちを取り戻したい。

……はぁ。とりあえず、他人に迷惑かけないように悪戯AVでも漁って、新境地を開拓するか。
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