EnzoUkai

ペパーミント・キャンディー 4KレストアのEnzoUkaiのレビュー・感想・評価

4.9
この度、初めてスクリーンで見られたことだし、やはり感想を書き留めておこうと思う。

この映画史に残る大傑作
もう言葉も無い
、と言いたいくらいだ。

目に焼き付くような劇中における主人公の最高の演技、クライマックスをオープニングで見せる、どうしてこのようなことが出来ようか?!
一体何なんだ、と見てる我々の感情が過激に揺さぶられ、この男の人生に我々は嫌でも引き摺り込まれていく。
こんな力業を行使するイチャンドン。
クライマックスを先に持ってくると後は尻すぼみになるだけやないか!、と言いたくなるのに、いや確かに段々と穏やかになっていく物語なんだが、それが恐ろしく説得力を持ってるのがイチャンドンの凄さ。
こんなに目論見通りに映画が撮れるなんてあり得ない。
人生の最期=クライマックス、であることから時間の逆行で、ある男の半生を見せる。神の手法で時間を司る映画監督ならではの試みは、ノーランの『メメント』とほぼ同時期なのが面白い一致だ。

映画の方法の一つ一つに感嘆していたらキリが無いのでいちいち言及しないが、構図も音も美術も完璧と言いたい。全体を通して陰鬱なあまり色がない映画であるが、なかなかの鮮度の画面で、また人生の痛切がリアルに感じさせられる。これまた、彼の他の作品と比較すると『ペパーミントキャンディ』の色の無さは特徴的だ。

それにしても、どうなるのか分からないのが人生であり、だからこそ人は夢や希望を抱くことができる。
それでもなお、儘ならない人生に運命の存在を感じとってしまう。
生きるエネルギーに溢れる時は希望を抱くことができ、立ちはだかる壁を乗り越える気力が失せていれば運命のせいすれば良い。人間は上手いこと自分の心を保つ道具を生んできた。それで良いと思う。
私は、あるがままの人生を運命として受け容れることにあまり異論は無い。そんなに強くない。
寧ろ、身を引き裂かれるような事態に構える為にもそのような気持ちでいる。
これも多くの映画を見てきた末に至った一つの自分なりの真理だと思っている。
この映画、時代や社会に翻弄されていく男の成れの果て、いわゆる運命を提示することから物語が遡る。もう物語としては変え難い結論があるわけで、どういう男がこの運命を受け容れていくのか、という謎解きみたいな構成になってる。
その時その時の身の振り方で人生は傾いたり転がったりする、そういう見方をしてる人は恐らく自分の頭の中で時間軸を正方向に修正して見ていたり、自分の時間軸を中心に見てるのかなって思う。
何故そうなったのか?、その前にどうしてそういう行動に繋がるのか?ってことがその前に起こった出来事に因果関係があるってこと。
主人公の無頼ぶりはほんのちょっとのボタンの掛け違えなどではなく、大きなトラウマの連続がそのスイッチになってる。
彼が死すべき運命を持っていたとすれば、あまりにも救いがないことであるし、キリスト教からすれば自死は宗教的逸脱でもある。
そうではあるが、
彼は彼なりに生の喜びを経験していないわけではない。劇中あまり描かれてない起業してからの時分に少しは良い目を見てる筈だろうし、無論、儚い恋もあった。
そして、あの陽だまりの川辺に寝そべった時に帰ることができたことも神からの救いの一つだと思う。

この映画を見るたびに、ついつい街行く人々の顔に目が行ってしまう。
どんな運命から遡ってきた人達なんだろうか?、と。
自ずと温かく包み込みたい気持ちになり、何故か祝福したい気持ちになる。

これこそが、イチャンドンの狙いではなかろうか。
EnzoUkai

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