アー君

エルのアー君のレビュー・感想・評価

エル(1952年製作の映画)
4.5
原作のメルセデス・ピントの小説は未読。ブニュエルが彼女の物語を映画用に脚色をしており、女性視点ならではの病んだ人間の異様さを描いている。また監督は今まで撮った中で主人公の分身であると公言しており、個人的な思い入れがあるようだ。

フランシスの奇行は統合失調症のような妄想念慮(ねんりょ)や、性的倒錯がブレンドされた稀に見る病態である。新婚旅行中に妻に話しかけられた男に不信感を抱いていたが、レストランやホテルでも偶然居合わしたことで、妄想が爆発して暴力的な行動をとるのは、関係念慮や注察妄想の症状に酷似している。また後半での教会内で誰からも笑われているような幻覚症状も典型的な事例だろう。

そして足に対する被虐的な偏愛。裁判のトラブルで過敏になり、時折り妻に許しを請う服従的なところを見せながら、突然加虐的に転移する表裏の激しい態度。宗教による禁欲的な抑圧から性的嗜好の偏向が生まれ、フェティシズムへ移行するが、執着の対象は肉感のある足から人工物である二次的な靴に代替していく場面もみられ、男の倒錯した世界は出口がない迷路に迷いこんだようでもある。

どこか病んだ人間や教会の鐘楼(しょうとう)のシーンはヒッチコックの「めまい」を彷彿させるが、公開された年を調べると本作の公開が早かったので、おそらく何らかの影響があったのではないかと思われる。

終幕で神からの薫陶にも見離されたことが分かる屈曲した歩き方は、正常と異常の迷いよりも、どちらも病理の道でしか選択ができない分裂された絶望感を効果的にみせる演出のようでもあった。

〈スペイン・メキシコ時代のブニュエル〉
[シネマヴェーラ渋谷 15:05〜]
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