春とヒコーキ土岡哲朗

花束みたいな恋をしたの春とヒコーキ土岡哲朗のネタバレレビュー・内容・結末

花束みたいな恋をした(2021年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

こんなにつらいのに前を向けて、人間はズルい。

楽しい恋愛がボロボロになっていくのに、恋はいいと思える。
始まりがコメディチックなのが良い。自分の失敗から偉そうに恋愛観を語る2人の姿から始まるので、自分たちが上手くいかなったくせに偉そうに、と滑稽な二人を笑う気持ちで見始められる。もちろん二人は嘲笑の対象ではなく、自分と同じような人間で、愛らしく、擁護もしてしまう存在。
そんな二人の恋愛が、楽しく甘くスタートしていき、最初のうちは自分も恋がしたいと思ってしまうが、時間が経つとほつれが大きくなり、楽しかった分、悲惨。
でも、映画は明るく終わる。お互いを尊重し合った別れ方ができたのと、別れた後の3か月の共同生活でフランクになれたのも大きい。そして、再会したときに互いに振り向かずに手を振り合い、「おれは楽しく生きてるから、そっちも達者で」という感じを出す。あれが、余裕であり、余裕ぶった未練であり、時間を置いてその両方を出せたことでスッキリできて救われる。
最後は、グーグルビューで自分たちの姿を見つけて、最初と同じことが起きた笑いのテンションで終わる。この映画は、悲恋を描いているのでなく、酸いも甘いも含めて恋愛してよかったね、と言っている。辛かった時間をあんなに描いても、よかったなと思える終盤を用意して、恋愛をよかったものとして振り返れる。

社会人として変わっていくが、恋愛観を変えない麦くん。
麦は就職して、どんどん社会のルールに順応していく。それが、稼いで二人で暮らしていくための変化。ただ、二人の生計を立てるためのノルマに追われ、コミュニケーションを雑にしていくようになる。疲れが出始めた頃の麦は、絹に「ゲームを大きい音でやっていいよ」と気遣うけど、焼け石に水。自分はイヤホンして仕事。それでは、ゲームの音自体はうるさくて仕事の邪魔、自分は仕事をするからイヤホンで遮断して同じ家にいながら別空間に行く、という宣言。プレゼントされたイヤホンが、悲しい使われ方をする。
そして、喧嘩している流れで、最悪のプロポーズ。ムード皆無で、結婚というゴールに向けて焦っている麦がそれをクリアしたいがためだけに言った「結婚しよう」は、ロマンが空っぽだった。映画や本に心動かなくなってしまった麦が「パズドラしかできないんだよ」と言ったのが面白かった。会社に泊まってパズドラをやっているシーンでゲーム画面を見て感じたが、壮大な音楽と映像演出でドーパミン放出を煽られているだけ。好きでやっているのでなく、中毒性に従っているだけ。心の旅ができなくなっている。その代名詞としてパズドラを堂々と使う脚本の毒も可笑しい。
別れ話のファミレスで、麦が別れたくないと言い出すところは、こちらも泣きそうだった。別れを切り出す意思があったのに、一日楽しく過ごしたらブレブレになった。ブレブレだから一緒にいたいという思いの強さも怪しいし、今更遅い。でも、残っている好意を素直に出せた。ダメでも思いを出し切るまっすぐさと、浅はかさと、何も叶わない切なさ。菅田将暉が、このずっとちょっとダサい男を演じられるのがすごい。

変わらず、ずっと自分の感情を基準にする絹ちゃん。
絹は、麦が働き始めてすれ違う前から、冷めていた。先輩カップルのお揃いタトゥーや、恋愛ブロガーの影響で、麦くんに対し「この人とずっと一緒にいない可能性もある」と思って付き合っている。
麦の気遣いが足りず、絹をげんなりさせることを言うようになり、麦だけが悪く見える時間もあった。でも、変わらない絹も悪い。麦が見えている現実を理解せず、いつまでも目先の楽しさだけで生きていてのんきに見える。
ただ、二人のそもそものずれは、いつか絶対結婚したい麦に対して、絹は冷めている時点で免れない。いつか別れるかもという考えが根底にある絹にとっては、今一緒に楽しく過ごすことしかこの交際の価値はない。だから、未来のために今を犠牲にされたら、絹には何のメリットもない。
ただ、絹のその感じ方も非情なわけじゃなく、今を大切にしないと今後も続かないという持つべき視点ではある。

あと、浮気はしてたんだろうな。
別れた後、麦に交際中の浮気はあったか聞くと、麦はしていないと答える。「え、逆にしたの?」と聞かれるとはぐらかす絹。オダギリジョーの存在が、絹の浮気を感じさせる。でも、実はそれよりも前に、歯医者の同僚たちと出会い目的パーティに参加したときに浮気していた疑いがある。パーティ中の絹に麦から電話が来て、内定が決まったと伝えた。そのあと、内定した企業について話すシーンは、昼間のベランダ。つまり翌日。なぜその日のうちに内定先の話をしていないのかと考えると、絹がその日は帰らなかったからじゃないのか。
もちろん、浮気していない可能性もある。でも、どちらにせよ、その疑いの風味というものがリアル。
また、浮気が一切二人の別れと直接的に関係ないのも注目すべき点。浮気があったとして描かずに省かれるくらい、浮気はしれっと行われているものだということ。付き合い続けるのも別れるのも、別に浮気関係なく、二人の交際が上手くいっているかどうかにかかっている。人間ってズルい。

なんだかんだでいい組み合わせだった二人。
友人の結婚式でそれぞれが別れの決意を語るところは、なんだかんだ似ている。ファミレスでの別れ話は、やはり付き合っていたいと言い出す麦と、今日が楽しかったからそう感じるだけだよと曲げない絹。2人で、絹が冷静さ担当、麦が残ってた好意を出し切る担当で、カップルとしての総意が全部出せた。良い別れ。気持ちよく別れるのも、ある程度相性の良さがあってこそ。
出会った頃の自分たちみたいな二人を見て泣く二人。あんなにお互い一緒にいたいと思って付き合い始めたのに、どこでこうなってしまったんだろう。忙しさに追われる言い訳として結婚のためと思うようにしていた麦、自分の感情の機微を重視しすぎた絹。これでほつれなく付き合い続けるのは難しい。でも、別れたからって失敗の恋愛ではなく、嬉しさがたくさんあったのも事実。そこに目を向けられるのが、人間の良いズルさ。