KnightsofOdessa

Curtiz(原題)のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

Curtiz(原題)(2018年製作の映画)
5.0
[ある父と娘の物語、或いはカサブランカの魔法] 100点

超絶大傑作!!『カサブランカ』の舞台裏とフィクションを華麗に融合した本作品こそが"昔々ハリウッドで…"という美しいお伽噺だ!これを狙ったわけじゃないが、ハンガリー旅行中にちょうど公開していたので観に行った。ブダペストには大小様々な映画館が存在するが、国産映画は採算がとれないらしく、小さい劇場で公開されていた『Euphoria of Being』や来週公開の『Those Who Remained』などと一緒にシネコンでは無視されていた。本作品を知ったきっかけは、今年3月に『サンセット』を観て発狂した頃まで遡り、同作に出ていたドボシュ・エヴェリン出演最新作という形だった。彼女の役はマイケル・カーティスの娘。本作品は『カサブランカ』の舞台裏をノスタルジックにかつ情熱的に描いた、もうひとつの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』なのだ。

マイケル・カーティスは悩んでいた。自分はハンガリー革命の失敗によってアメリカに亡命し、エロール・フリンとのコンビでワーナーの稼ぎ頭に躍り出たものの、カーティス本人がワーナーに話した"歴史を変える映画を作る"ことは出来ないでいた。女好きで癇癪持ちの彼は、妻を先に帰してウェイトレスと関係を持ったり、撮影中に無駄な動きをするエキストラにぶちギレたりして世界に当たり散らす。そして、政府から来たジョンソンという男から"リック(ボギー=アメリカ人)はナチをぶち殺してイルサ(バーグマン)をアメリカに連れ帰れ"と圧力をかけられていた。当時、ナチと日本に対して連合国は敗色濃厚であり、一人でも多くの兵士を欧州に送り込む必要のあったアメリカは、単純な戦意高揚映画を乱発して人員を稼ぐ必要があったのだ。しかし、カーティスは許さない。徹底的にはぐらかし続け、結末については親友サカールにも、ウォリスにも、ジャック・ワーナーにすら明かさない。そして、脚本は完成しないまま撮影は開始し、バーグマンのぼやき(画面にはピンぼけで登場する)を軽くあしらいながら、皆の追及をのらりくらりと躱していた。

翻って故国ハンガリーである。妹一家がまだハンガリーにおり、ユダヤ人であるために脱出を早めなければならなかった。そして、連れてきてニューヨークに放置したまま捨て去った娘がカーティスに会いに来る。彼が誰もいなくなったスタジオで一人座っている映像を多用しているのは、何重にも積層した彼の苦難と本質的な孤独を示しているのかもしれない。そこに重なるは同じハンガリー人のポール・ヘンリードではなく、ナチスから逃げてきたのにナチス役を演じることになるコンラート・ファイトであり、彼とカーティスとの間に生まれた欧州における支配関係を鏡写しにしたような緊張状態は、ありがちな舞台裏映画に剥き出しの緊張感を与える。

本家『カサブランカ』において、ボギーは"独りになりたい男"であり、バーグマンは"そんなボギーに着いてこいと言われたい女"として登場する。その関係はカーティスとハリウッドに突撃してきた疎遠の娘との関係に焼き写され、結末をどうするのか逡巡する状況と娘との関係を改めて見つめ直す状況が重ね合わせられる。デス・スターの設計図強奪を親子愛の結晶と作り替えたように、『カサブランカ』を一歩も踏み出せなかった男の悲哀の物語に再構築したのだ。

ドボシュ・エヴェリン演じるカーティスの娘キティは、どこかファーブリ・ゾルタン初期作品の若いトゥルーチク・マリに似せており、バーカウンター越しにジョンソンを眺めるショットなんかは完全にトゥルーチクと言っても過言ではない。

モノクロであるのは『カサブランカ』がモノクロだから、バーグマンやボギーの登場に違和感を持たせず、シームレスに我々と『カサブランカ』の間に連れて行くために重要なのだが、それ以外にも効果的に使っている場面がある。撮影中のランプが赤く灯ると画面も赤くなるのだ。最も印象的だったのは結末を曖昧にしていたカーティスが遂にプロパガンダか芸術かの二択を迫られて監督を解任され、撮影所の外で泣いていたキティを離している際に画面が赤くなるのだ。

また、実際に俳優が演じる実在の俳優として登場するのはコンラート・ファイトのみでボギー、バーグマン、ピーター・ローレの三人はピンぼけで登場する。無駄にCGを使う金も必要性もないと思うんだが、それ以上に『カサブランカ』への必要性と本作品への不必要性をちょうど良く表しており、ボギーとバーグマンの"欠けた"顔にそのままカーティスとキティを当てはめる構図になっているのも上手い。セットの端でエキストラとして参加するキティがカメラの向こうにいる父を見ながら、その間をボギーとバーグマンが通過してサムに挨拶する例のシーンを撮影するとか、『カサブランカ』ファンには堪らない別視点の象徴と言えるだろう。

カーティスは最終的にボギーにファイトを撃たせることで、行方不明になった妹とナチに支配された故国ハンガリーへの思いを終結させ、彼とバーグマンを別れさせることで、娘との失われた時間を取り返すことを諦めた。スタジオの入ったビルのエントランスで待っていたキティは、かすかに漏れる赤い光に導かれるように、ハリウッドを後にした。二度と帰ってこない時間とともに。
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