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マリア・ブラウンの結婚のアー君のレビュー・感想・評価

マリア・ブラウンの結婚(1978年製作の映画)
4.7
この作品で上映中であるファスビンダー傑作選3作を全て鑑賞することができた。視聴する順番は何も考えずに適当だったが、この順序が良いのではないかと思う。そして大好評につき都内での上映期間が延長とのこと。現在は配信もなく廃盤のソフトが高騰しているため、鑑賞可能は映画館だけなので、これを機会にこの名作に足を運んで頂ければ幸いである。

【↓以下はネタバレ↓】











第二次世界大戦の敗戦前夜から戦後のめざましい復興期のドイツ。タイトルに結婚と綴っているが、ヘルマンとの実際の結婚生活は2、3日ぐらいである。

後述するが最後のシーンのラジオ放送から推測すれば、彼女が式を挙げた時期は戦時中の1943年あたりから始まり、戦後に入り高度成長期へ向かう1954年までの半生を描いたドラマである。

戦争は男社会の遊び場。女にとってはただの地獄でしかない。戦後の彼女の行動は側から見ればふしだらに見えるかも知れないが、自分に対して飾らず素直に生きたいだけである。

物語において男性が描く女性像はなぜか理想的であり、女性が作る女はいつも現実的である。そしてファスビンダーの女たちは本物の女でしかない。バーで知り合った黒人兵や自身の子供を平気で殺すことや、経営者オズワルドの関係の正直すぎる告白も二面性とは違う、女性ならではの複雑な心模様を丁寧に描いていた。

ラストシーンの生中継は1954年に開催されたドイツ対ハンガリー戦の決勝戦であるが、これは「ベルンの奇蹟」と呼ばれ、無敗を誇ったハンガリーを敗戦で沈んでいた下馬評以下の西ドイツが3対2で逆転勝利をしたワールドカップ史上最大の番狂せである。

ドイツ国民が勝利の歓喜に湧き上がる中、ラジオ中継を背景に突如訪れる彼女の最後は、故意によるものか、事故なのかは本人のみぞ知ることだろう。しかしオズワルドの死によって法的にも将来が保証されたこれからのヘルマンとの結婚生活は、彼女にとっては不本意であったようで、心のバランスを崩したのではないだろうか。そして大袈裟にラジオの音量を大きくした意図は、予期せぬ出来事が同時並行していく、辛辣な皮肉を交えながら、悲喜劇のカタルシスへ迎えるための必要不可欠な要素である。

ちなみに初稿の脚本ではドライブに出かけて、わざと曲がり道で事故を起こして最後を迎える話だったが、ハンナ・シグラは納得がしなかったようで、ファスビンダーと口論をしたようだ。そのためガス栓に変更して観客にどちらなのかを考えさせる終わり方にしたらしい。

ファスビンダーの言葉を引用するならば
「私が信じるに値する気持ちは絶望のみである。」

〈ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー傑作選〉
[Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下 10:30〜]
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