「パン、バス、2度目、ハツコイ」、
奇妙な単語の組み合わせであるものの、
これ以上に過不足のないタイトルが思いつかない。
よく、こんな組み合わせを見つけてきたな、さすが今泉力哉。
「パン屋さん」「バスの運転手」(そして今泉力哉監督作品の「mellow」の花屋さん)って、
ちょっとした非日常感や幸せ、カッコよさを感じさせる場であり、
職業ですよね。
誰しも子供時代に一度は憧れたことがあるような。
この「ちょっとした」「手に届きそうな」という距離感が素敵。
見事にその距離感を切り取って日常を映画に昇華させている。
美大卒でパン屋さん。
そのプロセスで挫折し、何かを失っているはずなのだが、
自分をきちんと受け入れている「ふみ」を
深川麻衣が見事に演じ切っている。
(緑内障の治療とケアが挫折の理由を示唆しているように思うが、
直接的にそれに言及されるわけではない)
夜20時には寝て、毎朝3時半に起きて、パン屋に行く。
帰り道に自分の店のパンを食べながら「バスの洗車」を眺めている。
そういう日常。
そして「バスの中に入って洗車されているところを見てみたい」、
そういうささやかな願いが、非日常になるという日常。
このスケールのモノサシで世の中を見ている人もいるのだなと思わされる。
ハリウッド、ボリウッドの歴史もの、英雄ものの作品といった、
痛快ではあるものの大雑把な世界観のモノサシとは真逆と言える繊細さ。
そして「ハツコイ」なんですよ、ハツコイ。
嫌いになるほど相手を知らないから「ハツコイ」
ふみを軸としながら、
ふみ「の」ハツコイ相手と
ふみ「に」ハツコイを覚えた中学の同級生3人が、
偶然に東京で再会する。
中学時代は静岡にいた、ということと、
25歳での再会というのが絶妙の間合いで。
15歳、25歳、それから35歳、45歳って、
人生の節目になっているように思うが、
それぞれの10年間で一定の結果というか方向感が見えてくるのよね。
男性も女性も。
実際、LGBTQで、中学時代にふみに告白したさとみは、
20歳で結婚し、かわいらしい坊やのママ。
ふみは2年付き合っている彼氏にプロポーズされたにも関わらず、
よくわからない理由でなんとなく盛り上がらずそれを拒否する。
さとみは、ふみの「2度目のハツコイ」をさりげなくサポートすることで、
自分も「2度目のハツコイ」を経験しているように思いました。
そしてふみの「1度目のハツコイ」もさとみはサポートしていたんですね。
今泉力哉作品は、
「his」「mellow」もそうですが
LGBTQや子供の言動や存在に「本質を気づかせる」役割を担わせていることが特徴ですな。
この作品ではふみの高校生の妹もその役割を担っている。
色んな意味で距離があるから本質が見えているという仕掛けなのでしょう。
さて、さとみ役の伊藤沙莉の存在感には触れざるを得ません。
彼女のハスキーボイスはどうしてこんなに魅力的なのか。
LGBTQを演じても何ら違和感がない。
早い段階で結婚しているのだから、
ふみへの気持ちは中学生の一時期の「気の迷い」なのか、
それはそれとしてバイセクシャルとして両立しているのか。
その点について矛盾なく生きていることを演じられている。
伊藤沙莉は年齢不詳、職業不詳(日常の範囲であればどの職業でもOK)、どこにでもいそう、でもいないという本当に不思議な存在です。変に時代劇とか、宇宙人とかそういう役をやらない方が良い。現代日本の、日常を演じるプロという感じがします。もちろんホメています。