MrFahrenheit

マイ・ビューティフル・ランドレットのMrFahrenheitのレビュー・感想・評価

4.4
1980年代、サッチャー政権下の南ロンドンで暮らすパキスタン移民2世の青年オマール。父の勧めで事業で成功している叔父の元で働くことになり、叔父の所有するコインランドリーの経営を任される。ふと再会した幼馴染みのジョニー(ダニエル・デイ=ルイス)と共にコインランドリーを建て直すうちに、2人に友情以上の感情が芽生える。

オマールの無垢な笑顔と、ダニエル・デイ=ルイス演じるジョニーの若干モリッシーみのある憂いのある雰囲気に引き込まれた。同じ年に「眺めのいい部屋」でダニエル・デイ=ルイスが演じたセシルとはまるで別人で、時代設定、映画の雰囲気、役どころは全く異なるが、「障壁を乗り越えて心を通わせる物語」という点で2作は通底すると言うのは言い過ぎだろうか。

当時のイギリスの貧困、失業、移民への差別といった社会問題が含まれており、今の日本社会の空気ともリンクするが、乾いたポップなタッチで描かれ重々しくならない。その分、所々のセリフで不意打ちのようにハッとさせられる。オマールの叔父の愛人が、叔父の娘タニアから不貞を非難された際、タニアに言い返したセリフは胸に刺さるものがあった。社会問題も人間関係も、立場が異なれば見ている世界もルールも異なるのだ。

今以上に同性愛がタブーとされた社会背景の描写はほぼなく、再会し共に働くことになったオマールとジョニーが愛を確認する場面は唐突に訪れるが、違和感や物足りなさは抱かなかった。むしろ社会がタブーと扱おうが、2人の心が通いさえすれば、個人の関係における現実はそんなものだろう。本能に基づく愛や性が人種や文化の壁を突破するきっかけとなるのは本来当たり前なのだが、改めて気付かされた気がした。下品にならず抑制的でセンシュアルな表現のバランスも絶妙で艶かしい。

物語後半、オマールとタニアに嫉妬したであろうジョニーがタニアの気を惹こうとしたのも、微笑ましくもあり、残酷でもある。誰かを愛すれば誰かが傷つく。シンプルなことも結局複雑になってしまうのであれば、自分の心に正直になるのが一番大切なのだろう。

人種も育った環境も異なり、すれ違うように成長しながら労働を通じて心を通わせた2人。この後2人はどうなったのだろう。いい映画だった。