オーウェン

8 Mileのオーウェンのレビュー・感想・評価

8 Mile(2002年製作の映画)
5.0
デトロイトの貧しい白人家庭出身の孤独な青年。
昼間は工場で働き、恵まれたラップの才能を仲間にも披露するが、大一番でチャンスをものに出来ないでいた彼が、自らの出自や胸のうちにある怒りを克服し、周囲に才能を知らしめていくというのが、このカーティス・ハンソン監督、エミネム、キム・ベイシンガー出演の映画「8 Mile」だ。

頭の回転が早く、機知とユーモアに富んでいなければ、ラップなんて出来やしないことをまざまざと思い知らされる。

この作品の見せ場の一つになっているラップバトルで、エミネム演じる主人公が繰り出す言葉は、ことごとく韻を踏み、耳に心地よいリズムを刻みながら、機知に富んだ豊富な語彙で相手を揶揄し、強烈に皮肉ってみせる。

それに対する相手は、単純で汚い言葉で憎悪と嫌悪を撒き散らすだけで、英語を聞き流しているだけでも、まるで安ウイスキーのようで不快なのだ。

しかし、それにしても、実に驚いた。
「ゆりかごを揺らす手」や「激流」などのサスペンスでその名を知らしめ、フィルム・ノワールの傑作「L.A.コンフィデンシャル」でその名声を決定的にしたカーティス・ハンソン監督が、ユニークで味わい深いコメディドラマ「ワンダー・ボーイズ」の次に選んだ題材が、カリスマ性が高く、気難しそうなスーパースター、エミネムを主演に据え、彼の半自伝的内容だという触れ込みの「企画もの」に挑み、尚且つ、鮮烈で繊細な、普遍性を持った青春映画として第一級の作品に仕上げてくるとは、全く想像がつかなかった。

ジャンルを問わず、的確にドラマを抽出してみせるカーティス・ハンソン監督の懐の広さと深さは、まさに驚嘆すべきものだ。「ワンダー・ボーイズ」でも光っていた、ポップで現代的なセンスと音楽への造詣の深さが、「映画」というものに、あまり興味のないと思われる、ポップスター、エミネムのファンをも落胆させない「音楽映画」としても、この作品を完成度の高いものにしていると思う。

そして、カーティス・ハンソン監督の驚くべきところは、ジャンルを超越するだけではなく、「L.A.コンフィデンシャル」でオスカーを受賞した後、活躍の機会に恵まれなかったキム・ベイシンガーを再度起用し、息子と同世代の愛人を連れ込む絵に描いたようなホワイトラッシュの母親を演じさせ、彼女の演技者としての実力を万人に再認識させて見せるかと思えば、ブリタニー・マーフィーから愛らしさとアバズレ感の同居した危うい魅力と、悲しいくらいの浅はかさに満ちたキャラクターを引き出しても見せる。

主演のエミネムについて言えば、もちろん自己を投影しやすい役柄であるから、差し引いて考えなくてはならないとしても、要求される"複雑で繊細な感情表現"を、純粋でありながら狂気を孕んだ瞳と、しなやかで細身の体全体で見事にこなしていて、俳優としての限りない可能性を垣間見せ、単なるスターの余技ではないことを、その演技をもって主張しているようだ。

実力派の脇役に囲まれて沈まず、浮き立たず、映画のトーンに忠実に溶け込んで見せたことは、実に見事としか言いようがない。

また、映画のエンディングに流れるエミネム自作のオリジナル曲も、普段の曲に比べると歌詞のトーンがよりポジティブであることも含めて、非常に生の感情がこもった力作であると同時に、映画の内容やテーマをストレートに表現した、近年にない最高の主題歌だったのではないかと思う。

この映画をエミネム好き、ラップ好き、ストリート文化フォロワーたちだけのものにしておくのは、非常にもったいない。
"真摯な青春映画"として、先入観なしに、もっと幅広い人々に観られてしかるべき傑作だと思う。
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