オーウェン

アダプテーションのオーウェンのレビュー・感想・評価

アダプテーション(2002年製作の映画)
4.9
この映画「アダプテーション」は、書けない時の脚本家の苦悩を虚実織り交ぜて描き、自虐的で内向的な仰天するような世界を描いた秀作だと思います。

この映画は、チャーリー・カウフマン脚本、スパイク・ジョーンズ監督のコンビによる、奇想天外な怪作「マルコヴィッチの穴」に続く二本目の作品です。

映画のオープニングは、「マルコヴイッチの穴」の撮影現場。
そして、セットの片隅にたたずむのは、ニコラス・ケイジ演じるチャーリー・カウフマンなのです。

この映画は、「マルコヴィッチの穴」で成功を収めた脚本家のカウフマンが、次の作品としてスーザン・オーリアン著のノンフィクション「蘭に魅せられた男 驚くべき蘭コレクターの世界」の脚色を依頼されてからの"受難の日々"を追いかけていきます。

大きなスランプにぶち当たり、とにかく"書けない時の脚本家の苦悩"を虚実織り交ぜて描く、自虐的で内向的な仰天するような世界。

その苦悩する脚本家チャーリーの心中の葛藤を映像化する一つの手段として、双子の弟ドナルドというキャラクターを登場させるのです。
悲観的で陰性のチャーリーとは対照的に、ドナルドはやたらと楽観的で陽性の明るい人間。

行き詰って悶々としているチャーリーを横目に、ドナルドはロバート・マッキーという人物の講座に通い、型通りのお気楽な脚本をさっさと書き上げたかと思うと、何とこの脚本がハリウッドで傑作との評価を受ける始末。

こんな中、チャーリーは精神的にますます追い詰められていきます。
このチャーリーとドナルドという、いわば"表裏一体の人間"が、せっぱ詰まった人間の精神分裂症的な兆候と、"売れる作家になりたい"という願望から来る、"自己矛盾"を小憎らしい程のうまさで的確に表現していて、チャーリー・カウフマンのシナリオのうまさに舌を巻いてしまいます。

そして、チャーリーとドナルドという二役を演じたニコラス・ケイジが、これまた痛快で、二つ並んだあの素っ頓狂な顔を見ているだけで、もう面白くてたまりません。
何より、我々観ている誰もが、チャーリー・カウフマンって本当にこんな人間なんだろうか? ----と、考えをめぐらすだけで、楽しくなってくる作品だと思います。

ただ、このように確かに奇抜は奇抜なのですが、斬新とまでは言えないというのが、正直な実感で、どうも目先の面白さに目を奪われがちで、実際問題として、それだけでも十分笑える作品だとは思いますが、しかし、この映画の本当の凄さというのは、チャーリー・カウフマンの緻密で計算されつくした、脚本の構成力にあると思うのです。

映画に登場するチャーリーの錯綜した頭の中とは裏腹に、真実のチャーリー・カウフマンの頭の中は、完璧に計算が施されているのです。とにかく、こんなに知的で想像力をかき立ててくれる脚本はめったにないと思います。

そして、この映画の重要な点は、これが「蘭に魅せられた男 驚くべき蘭コレクターの世界」を原作にした映画化作品であるという事です。
そうすると、驚くべきなのは、チャーリー・カウフマンの脚色の方です。よく原作者のスーザン・オーリアンがこの脚色に理解を示したものだなと思うくらいの、凄い脚色です。

なるほど、この映画の原題が「Adaptation(脚色)」となっている訳がよくわかります。

更には、パラドックスの妙味もあるように思います。スーザン・オーリアン(メリル・ストリープ)が、ジョン・ラロシュ(クリス・クーパー)を取材し、「蘭に魅せられた男」を書き上げていく過程を追いかける形で、チャーリーによる映画用のシナリオの執筆過程が映し出されていくのです。

そして、映画の中盤でそれが追いついたかと思うと、知らず知らずのうちに現実と虚構とが交錯していきます。
よくも、こんな複雑怪奇な展開が、実に要領よくスッキリと整理されているものだなと感心してしまいます。

尚且つ、前半から後半への映画としての変容の仕方が実に巧妙すぎるほどのうまさです。
なぜならば、流れに従って、面白く見通せた観客に対しては、それでOK。
後半の破綻ぶりを何だこれはと思った観る者に対しては、この手のお約束映画をヒットさせている映画業界に責任をなすりつければいい訳なのです。

この映画を観ている観客の皆さん、あなた方はこんなにも商業映画に毒されているんですよ、と-------。
まさしく、天才的に狡猾なチャーリー・カウフマンの仕掛けに言葉も出ません。
完全に一本とられてしまったという感じです。

この映画の中で、チャーリーが、「暴力、セックス、ドラッグ、カーチェイスの類は自分の脚本には入れない!」と、宣言する場面がありましたが、実はそこでチャーリー・カウフマンの仕掛けに気づかなければならなかったのです。"後半の展開は全てオチなんだ"----と。

尚、この映画は2002年の第75回アカデミー賞の、最優秀助演男優賞(クリス・クーパー)、同年のゴールデン・グローブ賞の、最優秀助演男優賞、最優秀助演女優賞(メリル・ストリープ)、NY映画批評家協会賞の最優秀脚本賞(チャーリー・カウフマン)、LA映画批評家協会賞の最優秀助演男優賞、英国アカデミー賞の最優秀脚色賞、2003年のベルリン国際映画祭の審査員特別賞・銀熊賞を受賞しています。
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