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左手に気をつけろ(2023年製作の映画)
4.2
 前作『だれかが歌ってる』を恵比寿で観た時点で、金井姉妹プロデュースの非常に限定された環境でしか公開しないプライベート・フィルムに近いものかと思ったし、正直言って京都行きまで真剣に考えていたのだが、43分の中編がこうして東京国際映画祭で上映されるラインナップに組み込まれたことが大変嬉しい。ということで喜んで土曜日午前の回に馳せ参じたのだが、これが率直に言って強烈な映画体験だった。ドキュメンタリーである『こどもが映画をつくるとき』で監督が会得した新機軸である子供の躍動を切り取るというスタイルからまずはスタートする。コロナ禍のパンデミックの時期、12歳以下の子供たちは重症化しない体質を持ち、どういうわけかコロナ患者を嗅ぎ分ける能力を持つという心底とち狂った設定で、こどもたちがいわば自粛警察さながらに密告者のようになっているという奇抜な設定が何とも言いようがない不安を掻き立てる。とはいえ井口監督のカメラはそのような不穏さをフレームの前で見せることなく、あくまで『こどもが映画をつくるとき』同様に無邪気なこどもたちの躍動をカメラの前に据えるのだ。

 十手を持って公園内を、住宅街の曲がり角を曲がるこどもたちの躍動が持つ無邪気な活劇性は、男と女のすれ違いの青春群像劇に見事な彩りを加える。冒頭の「よ~い、スタート」に始まり、公園内の土を俯瞰で据えた驚くべきファースト・ショットからとにかく音がひねり上げるようなボリュームで迫り来る。コロナ禍のある種の躁状態のように、ストレスが一瞬で吹き飛ぶような鼓膜に痛い音像がいま猛烈に痛点を刺激する。ジョン・カーペンターの『光る眼』ばりの恐怖とも恍惚ともどちらにも取りうるような表現を取る。然しながらその後の拍子抜けする様な男と女のすれ違いは井口監督らしい実に瑞々しい表現で胸に迫る。どうやら今作は『だれかが歌ってる』の正式な続編のような相似形のようなスタンスを据える。出て来るカフェは同じで、主のような北口美愛の再登場もある。主人公(名古屋愛)はコロナ禍に仲の良かったはずの姉を探すものの、彼女の消息は途絶えたままだ。ところが占い師に運命の出会いを促された主人公は姉の捜索から脱線し、ボーイ・ミーツ・ガールな出会いを追い求める。都市における異性同士のすれ違いを映画館を中心に描く井口奈己の判断が舌を巻く。終盤、突如登場したジャン=リュック・ゴダール『ウイークエンド』ばりの心底とち狂ったThe Shaggs~ESGを思わせるガールズ・バンドの怪気炎が凄まじい。正直言って私は大川景子さんの編集よりも井口監督の攻めた編集の方が好みで、そこも嬉しかった。
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